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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

今日のクイーン(再3)  28

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週刊金曜日

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邑久光明園 藤本トシさん 12の随筆 (1)




とても面白い、そして悲しい。藤本トシさんは明石海人さんと同じく1901年(明治34年)の生まれだが、言葉づかいや仮名づかいがわかりやすく、古さが感じられない。4~5分です。


 私は幽霊を見た、確かに━━と言ったら人々はどんな顔をするであろう。鼻先にうすら笑いを浮かべて、じろり一瞥するかも知れない。ばかばかしいと、そっぽを向いてしまうかも知れない。しかし世の中には、理外の理ということもあるそうである。ともあれ私は、今もって解決の出来ない一つの謎を持っているのだ。

 私はレプラの暗黒時代であった大昔に、十九歳で発病した。そして翌年父を、更に半年後母をも亡ってしまったのである。今でもありありと胸に焼き付いているのは、毎日愁いに沈む娘をかかえて、嫂と世間に気兼をしていた痛々しい母のおもかげである。その母がある夜病床に私を呼んで、
 「お前のためにね・・・もう少し生きていたいと思うけれど・・・、私は精も根もつきてしまった。でも・・・死んだらきっとお前を迎えに来るよ。つらかろうが辛抱しておくれ。いいかい・・・かならず今年中には来るからね・・・」と言った。
 それからの私は、どんなにその日を待っていたことであろう。だが秋が去り、冬も去り、春さえも行こうとしているのに、いっこう母からの訪れはないのである。私はすっかり待ちくたびれてしまった。
 どこへ行っても、新米のうちは思うようにならないのが常である。とすると、母は亡者の新米だから、まだ自分の心のままにはならないのかも知れない。それなら、こっちから出かけて行くより仕方がないではないか、と思った。そう考えるとこの世にはさらさら未練のない私である。さっそく家出の準備にとりかかったことはいうまでもない。
 六月も半ばを過ぎたある日、私は我が家から五十里程離れた小田原のある淋しい海岸に佇んでいた。どんより曇ったたそがれの渚には、破れ舟が朽ちるにまかせて置かれていた。私はその破れ舟の陰に身を忍ばせるようにして、夜になるのを待っていた。昨夜は大磯で刑事につかまって未遂に終わった私である。今夜こそ暗くなったらすぐ身を投じて一散に母のもとへ行こうと、思い定めていたのである。見渡すかぎり人影ひとつないのが私の心を安くしていた。ところが暫くすると、さく、さくさくと足音が聞こえてきたのである。ぎょっとして眼を上げると、右手の高い土手から老婆がひとり、ひょこひょこ歩いて来るのである。私は顔を見られないように、何気ない風をよそおいながら老婆とは反対の方へ、くるりと向きを変えてしまった。にもかかわらず足音は私をめがけてやって来て、
 「ねえさん・・・わしは向こうの茶店の婆だがよう、さっきから見ていると、あんた何か心配ごとがありそうだなあ」と声をかけた。
 こまった━━と声ならぬ声でさけんで、私は狼狽をおしかくしながら黙っていた。と、老婆はしきりに私を見上げ見下ろしていたが、曲がった指に気付いたらしく、
 「可哀想に・・・。でもあんたのような病気は身延山にお籠りして、一心に信心すると治るよ。四、五日前にも山に三年お籠りしたという人が、すっかり綺麗になってうれしそうに帰っていったよ。だからあんたもお山へ登って信心してごらん。そしたら治るよ。きっと治るとも。行ってみなさいなー、なー」
 繰返し繰返しこう言ってすすめる老婆の言葉は、まったく熱意そのものであった。その心情にほだされたといおうか、私は老婆の言葉を丸呑みにしたわけではないのだが、固い死への決意がぐらり揺らいだことは確かだ。俗にいう死神が離れたとは、こうした場合のことであろう。私は老婆に連れられて彼女の家に行った。少しばかり駄菓子やラムネを並べた、ちっぽけな店である。
 太った女の子がちょこなんと坐っていた。老婆はその子に店を仕舞うように命じてから、私に小声で聞いた。
 「あんた腹がへってるだろう。お山までは遠いからな、麦飯だがうまい蕗の佃煮や鮒っ子の焼いたのがあるから、たんと食べていきな」
 私はこの時初めて、一日中何も口にしていなかったことを思い出した。だが喉がからからに渇いているだけで、どういうものか空腹感はなかった。私は、
 「この先の町で食事はすまして来ました」
と嘘を言ったのである。
 やがて老婆は提灯をつけて裏口から出てきた。駅まで行ってくれるつもりである。暮れきった空は今にも降り出しそうな気配であった。老婆はうなだれた私を従えて黙々と歩いていく。提灯に照らし出された道幅は、一間ぐらいあったであろうか。とにかく両側には篠竹を交えた雑草が生い茂り、道ぞいに野川が流れているらしく水の音が聞こえていた。
 駅まで五丁はないと聞いたのに、初めての、それも田舎の道はひどく遠い感じがするものである。私は疲れ呆けて、まだか・・・と思いながら歩をとめた。とたんに愕然としたのである。小腰を屈めて歩いていた老婆が、すらりと高い母の姿になっている。私は眼をうたがった。そしてその姿を凝視した。だがいくら眺めても寸分たがわぬ母である。私は慄える足をふみしめて提灯に近づき、そこから母を覗きこんだ。しかし老婆以外の顔はない。私は自嘲しつつ、すごすごうしろへ戻っていった。と━━そこにはまた紛れもない母がいる。私はあわてて再び前へ廻って見た。うしろへ帰って見た。だがこのうろたえた動作は驚きを倍加さすばかりだったのである。それきり私は、疲れも時間の経過もすっかり忘れてしまったのだ。
 こうして、母かー老婆かー二体が渾然一体となった人に導かれて、午後九時十分、わたしは列車の客となったのである。


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味噌汁


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乱切りしたサツマイモを鍋に入れ、シイタケを入れ、水とダシの素を入れ、煮立ったら弱火にして3分ほど煮て、千切りしたダイコンとニンジンを入れ、ピーマン、ナス、インゲンを入れ、強火に戻し、再度煮立ったら極弱火にして15分ほど煮て、味噌を溶き入れて出来上がり。



シュンギクの卵とじ

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鍋にメンツユをいれ、水で3倍に薄め、煮立ったらざく切りしたシュンギクを入れ、溶き卵1個を入れ、弱火で4分ほど煮て出来上がり。



ブロッコリー


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茎の太い部分は薄切りする。沸騰したら先に薄切りした茎を入れ、30秒して花房の部分を入れ、2分ほど茹でて湯切りして出来上がり。

 


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意外とロック的


高校の頃、ビートルズに入れ込んでいた同級生がいて、言葉がわからないのに、どこがいいのだろうと思っていたが、今、クイーンを聞く時、言葉がわからないのが気にいっている。


つまり、言葉を意識せずに、リズムとか展開とか強弱とかだけで楽しめることがわかった。言葉がわからない方が癒される。


たまたま出会ったのがクイーンであり、「この他にも」と思ったりはしない。すなわち、クイーン以外はほとんど知らずに、この世を去っていくだろう。


いまだクイーンに飽きていない。


別にクイーンの曲を極めようとは思わない。


パソコンに組み込まれているスピーカーから出る音だから、音自体はそれほど良くないかも知れないが、いまのところ、これでいい。


たった3~5分のミュージックタイムだが、この異質な時間が、頭のリラックスになる。


こんなことに初めて気づいた。


やっぱり自分にはロックが向いている。


他のジャンルはちょっと・・・


クイーンは、繰り返している90曲以外にも、たくさんあるのだろうが、これくらいでいい。


クイーンは見ていて、とても日本的なグループに見える。態度や仕草が。


異国のグループのような気がしない。


ぼくの年齢とも近いので、同世代のような気がしている。


自分は意外とロック的?なのかもしれない。


ただ、クイーン以外のロックバンドはほとんど知らない(聴いたことがない)。


1日のうちで、3~5分でも「異質な時間」は大切だと痛切に感じる。


5つのブログ更新のうち、1つミュージックが入っているだけで、身体の芯からリラックスできる。



https://www.youtube.com/watch?v=heYsfUo9wNc



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今日のクイーン(再3)  27

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新・定年オジサンのつぶやき

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邑久光明園  藤本トシさん(4)




自殺未遂と言はるる己が影濃ゆし傷心に射す署の燈の明かさ




生にも死にも希み絶えたる身の置き処刑事が示せる小さき古椅子




冷たさが冷たしと思へる親しさよ雪にまみれて足らへる心




子を生さぬさだめの中に起き臥して憐れがらるるみごもりしこと




子を生さぬさだめの故にみごもれば思ひは侮辱にひとしきものを




人と生れ雀とうまれ睦み合へりそのみなもとの命をおもふ




晴ればれと窓ゆ小鳥の鳴く聞けば見たし仰ぎたし深き朝空




盲夫足をくじきて
厠へと深夜さぐりて夫を負ふこの力あり涙にじみくる



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ダイズの煮豆


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シイタケとニンジンとヤーコンは、大体、時を同じくして収穫が始まる。

しかし、ダイズが直売所に出回るのは12月に入ってからである。

だからこのダイズは去年のダイズで、白大豆、青ダイズ、白に黒の模様があるダイズの3種類を合わせて100gを昨晩から一晩水に浸しておいた。

戻し水を少し捨て、残りの戻し水とダイズを圧力鍋に入れ、シイタケ、ニンジン、ヤーコンを角切りして入れ、醤油、砂糖、酒、みりんで味付し、ゴマ油を数滴入れ、強火で点火し、7分ほど煮ておもりが勢いよく回りだしたら、極弱火にして25分、火を消して圧が抜けるまでそのまま放置して出来上がり。

ダイズは毎年播くが、それがダイズになるまで待たず、エダマメで食べるかニワトリの餌にする。

だからダイズは、12月に入ったら直売所で、白大豆1キロ、青ダイズ1キロの合計2キロを買い、「ダイズの煮豆」に使い、少し残し、エダマメとして6月10日頃に蒔く。



リメイクしてグラタン


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食パンを焼いて半分に切ってグラタン皿に入れ、昨日の残りのホワイトシチューをかけ、とろけるチーズ1枚を半分に切って置き、冷凍して粉々にしたバジルの葉をふり、オーブントースターで6分焼いて出来上がり。



ダイコンおろしとニンジンおろし


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緊縮派と反緊縮派


緊縮派と反緊縮派・・・この経済理論をぼくは理解できていないが、メモしておきたかった。


それは昨日の朝日新聞に、編集委員の原真人さんの「反緊縮の先 国家破産の日は突然に」の記事が出ていたからだ。





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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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