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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

多摩全生園  木谷花夫さん(3)



簡素なる生きざまといへど一椀のスープを
一日ひとひ
かかりてすする




外科治療補助婦となりて働ける妻よ収入日は菓子など買ひ来る




耳の中に泪の流れ入りしまま静けかるべしや今朝の悲しみ




このわれの微けき生命看護婦の友らがくるる血にぬくもれり




声の郵便

童謡を歌ふ幼子よ父われの面も忘れて育ちつつあらむ




黄なる涙

蜆汁日毎にすする現身の眼に黄なる涙たたへて(黄疸併発)




癩予防法改悪反対の運動、全国癩療養所に於て一斉に高まる

動ける者皆出で行きて癩園に残れるは重病患者のわれらのみ




刻刻に情報を伝へつつすでに遠く炎天を行けり癩陳情の一団




子の便りやや遠のきし日日にして静けき物体の如くに生くる




遠き母
夜の更けに蜜柑をむけり生き残るしぐさを遠く見給ふ母よ



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多摩全生園  木谷花夫さん(2)


病み重る日々

離れゐて遠きわが子がさやかにぞもの言ひ初めしと今日の便りや




重病棟にベッドを寄せて妻と生くる縮小されし現実の中




半熟の卵黄一つ食べ終へて重大なる使命を終へし如くゐる




平凡な療養者にて終へゆかむ病み衰へし日に願へるよ




癩園の限界の中に突き当り行き当りして生きるまでのことか





子の故に生きねばならぬ命よと今宵もわれに声迫り来る




孤児となるべきさだめ負はしめて終に術なしわれの幼子




ひたむきに生きたきゆゑに医師の前苛赦なき屈辱をわが受けてゐつ
(多分、断種手術のこと)




夏の夜の明け初むるころ崩落のごとき眠りをもちて衰へぬ




荒荒しく病みの苛立ちをいふ吾にこのごろ妻が反発して来る



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多摩全生園  木谷花夫さん(1)


生れくる日に

療養所に於ける癩者の結婚には幾多の問題はあろう。が、結婚前に断種手術を受けるのは、人間としてのせめてもの良心に依る。思わざる衝撃は、それだけに私達を動顛させ、深い苦悩に突落した。



1 胎動

癩園に妊りたれば妻の上に挑み来る仮借なき声よ眼よ




妊りし妻に対ひて断種せしわが身の何を言はむとぞする





つきつめし思ひをもちてわが立てば泪ためつつ妻の眠れり




親と子の生活許さぬ癩園の規則の中に子を生まむとす




Ⅱ 出生


颱風の過ぎにし月の光る道ひた走るわれに子の生れむとす




生れし子を連れて移りし病棟の個室を飾るもの何もなし





子に感染す病ひを怖れ断たしめし母乳を夜半に妻しぼり捨つ




或る夜ふと恐しきおもひわれに湧きみつめ居たるに子の笑みにけり





Ⅲ 別れ


子を遠く行かしむわれら生の世に又会ふなどと思ふべからず




子に着せてやるべく妻の縫ひ上げし衣はなやげり冬更けし燈に




病む親のゆゑに離されてゆく吾子がやがて嘆かふ時迎ふべし




Ⅳ 子に会ひにゆく


子の写真うつしきたらむと借りてきしカメラいくたび手にする妻ぞ




傷のごと残れる痛みわがもてりいかに名告りて会ふべきぞ子に




とまどひを持ちて撰べり子に履かす赤き靴青き靴小さき小さき靴




船下りて島の坂道を登りゆくわが子よ会ひに父われは来し





Ⅴ 保育所


幼子に飴の包みを握らせてはや術のなくわがありにけり




言葉知らぬ幼子にして何思ふわれに一途なる瞳を向くる




人目なき山陰に来てわが抱くあはれわが子のその小さき体




たはやすく又来たらむと子に言ひてわが身虚しき涙たたへつ



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多摩全生園  白浜 広さん


路傍の歌


母さん━━

あなたは知らない

谷合の流れに

白樺の梢に

荒れた地平の涯に

しとしとと みぞれ降る

今日の日を


幽遠のかげりに

あなたが逝ってから

あなたを慕い

どんなにか恨み

昼は太陽に眼をそむけ

星々の睡る夜空の下で

冷たい靄の立ち籠める

暗い山里を

幾度も幾度も越えました


また渇き餓えて

黒い淀に眠るとき

あなたのいない夕暮が

あなたの見えない空の色が

童子のように

わたしを悶えさせ

ひとつの肯定も

否定もなく はては

無限の彼方に

押しやるのでした


母さん━━

果しなき紺青の下に

あなたの知らない

旅路があるのです

あなたの知らない

轍があるのです

わたくしだけに約束された

滂沱のあしたがあるのです


母さん━━

ひとり佇む雪の夜

隙間もれる薄ら灯の中で

ぎりぎり握りしめた

節くれのこぶしが今凍っても

わたしには

振り捨てることの出来ない

負債があったのです

鉄鎖に繋がれた

掟があったのです

天に祈り泥土に跪いても

なお 呵責な

地上の摂理があったのです


でも母さん みんな

あなたの知らない事なのです

もし天国のあなたに

聞えてくるものがあったら


それは しとしとと霙降る

とおい地の涯で

癩という名の病を背負った

浮浪の子が掻き鳴らす

長い長い巡礼の旅の

鈴の音なのです



白浜広(伊藤博、伊藤赤人)さんの略歴
1928年北海道礼文島に生まれる。ハンセン病の宣告を受けて3か月後、全生病院に入院(1934年)。自治会文化部に勤務、また評議委員を務めた。1940年「多摩」に詩を投稿、以来1954年同人誌「灯泥」、1957年「石器」に参加。その後北見洋介の筆名で約20年間「多摩」に発表する。1985年「多摩」俳句欄に投句、1999年五行歌の短詩型の魅力にひかれ投稿。五行歌同人。


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多摩全生園  松井秀夜さん


病歴



母の絶間ない懊悩と苦銀に

母の絶間ない歌声と揺籃に

この小さい肉体はのびあがってきたのだ

この小さい生命は燃えあがってきたのだ

そしてこの私を━━

母はどんなに微笑ましく凝視めていたことだろう。



だが、宿命は虚しくも裏切ってしまった

この小さな肉体に与えられた力も

この小さな生命に描かれた幸いも

母の微笑も凡て絶望の闇に消失せて

淡い燈の下で 幾度吐息し

暗い闇の中で 幾度嗚咽したか、



寂寞とした幾年は流れて

日毎、潰れゆく己が肉体を撫でつつ、

孤独ながら 彼の追憶の歌を口吟み、

私の生活が続けられる。



この療舎で仰ぐ

茜雲は 杳く誰をか呼ばり

その風情がこよなく愛しい、

遠く 彼方に━━

暫く晩炊の手を休めて

母も必ず仰ぐことであろう。

ああ、夏の日、赫耀と燃える陽光に

挑み合ふ 生命があり、

瞬き散る 星座の中に

ほそぼそと 欷く光がある。



この宇宙の真性を 私は

尊厳な気持で 凝視するのだ。



松井秀夜さんの略歴
1921年9月1日高知県に生まれる。1934年9月20日全生病院に入院。小説、詩を作る。1945年1月30日死去。小説は一編が『ハンセン病に咲いた花 戦前編』(2002 暁星社)に収録されている。



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在65才、農業歴29年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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