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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

死ぬことは 誰かの心の中で生き続けること

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「樹木希林さん 友と交わしたことば」が、朝日新聞の35面に大きく載っていた。


「うらを見せおもてを見せてちるもみぢ」


「散る桜 残る桜も 散る桜」



「独り生れ、独り死し、独り去り、独り来る」



「病が不幸だけなんて。もったいない。がんは特に残り時間が読めるからありがたいわよ」



「いひおほせて何かある」

「言い尽くせない中にこそ価値がある」



「共演者と合わなくて。あー疲れた」

「役立つ人だけがいいのではない。困らせる人は己を磨く上で必要だ」


「そういえば提婆達多は、私にとっての裕也ね」



感動したので、以下、記事全部を書き写しました。


 「死ぬときぐらい好きにさせてよ」「生きるのも日常、死んでいくのも日常」━。独特の死生観で多くの共感を呼び、9月に75歳で亡くなった俳優樹木希林さんには、本名の「内田啓子」で私信を交わしてきた37年来の友人がいた。ふたりのやり取りからは、晩年の希林さんがたどり着いた境地の一端が浮かび上がる。

「うらを見せおもてを見せてちるもみぢ」

 江戸時代後期の僧、良寛の辞世の句だ。希林さんと長年の友人で、何必館・京都現代美術館長の梶川芳友さん(77)はしばしばこの句について語り合ったという。
 希林さんはこう語った。「裏から始まるところがすごい。年や経験を重ねても、人間は表裏を持ち続けているという本質を見抜いた人の句ね。こうありたい」

 ふたりは別の良寛の句「散る桜 残る桜も 散る桜」も好んだ。だれにも等しく訪れる死に、人は一喜一憂するが、終わりが決まらないのに、そこに至る生き方が定まるわけがない。「そう考えると、心強いわね。でも、死ぬことは誰かの心の中で生き続けることなんじゃないかしら」

 ふたりは、1981年に希林さんが「何必館」を訪れたのを機に出会った。定説を「何ぞ 必ずしも」と疑う自由な精神を持ちたいとの願いから名付け、希林さんはこの精神に共鳴し、梶川さんと人生を語るようになったという。
 「死への恐れ、定説から自由でいることの難しさも感じる。だからここに通い続ける。ほっとするの」


仏画に向き合い「孤独」を語った

 何必館には、近代日本画家村上華岳(1888~1939)の「太子樹下禅那」がある。51歳で早世した華岳がぜんそくの発作の中で描いた遺作で、若き日の釈迦が座禅修行する姿が描かれている。絵には「官能性」「遊び心」と同時に「死への不安や葛藤」の相反する要素が同居している。希林さんは京都に来るたびにこの仏画に向き合い、「孤独」について語り合った。
「独り生れ、独り死し、独り去り、独り来る」
 梶川さんが仏教の教えを語ると、希林さんは「絆も信じ過ぎるとお互い苦しくなる。孤の意識が人を育てる」


病患い気づいた「生と死」は一体

 ふたりは60歳を迎える頃に大病を患った。希林さんは61歳で乳がんになり、梶川さんも60歳のときに心筋梗塞で1ヵ月間入院した。病を経て、ふたりは別々のものだと思ってきた「生」と「死」が一体のものだと気づいた。希林さんはこう言った。
 「病が不幸だけなんて。もったいない。がんは特に残り時間が読めるからありがたいわよ」
 梶川さんは病状について聞かなかった。希林さんも話さなかった。芭蕉の「いひおほせて何かある」。「言い尽くせない中にこそ価値がある」。ふたりの会話にも貫かれた。
 希林さんはがんを機に、「所有しない生き方」を選び、名刺一枚受け取らなかった。それなのに、2年ほど前、梶川さんは希林さんから「太子樹下禅那」の小さいサイズの複製画を求められた。
 9月16日。訃報を受け、梶川さんは東京の自宅に駆けつけた。希林さんの枕元には、あの仏画がかけられていた。
 梶川さんは「どんなに覚悟を固めていても死はどこか恐ろしい。その時に、希林さんはすべてを心得た慈愛に見守られながら旅立ちたかったのかもしれない」と語った。


己を困らせる人 私にとっての・・・

 夫の内田裕也さんに触れた言葉もあった
 「共演者と合わなくて。あー疲れた」
 晩年は丸くなったという希林さんだが、物事や人に対して厳しい人でもあり、電話でこうこぼすこともあった。そんな時、梶川さんは釈迦の弟子の一人、提婆達多の話をした。釈迦にたてつき、困らせる、みんなが彼を遠ざけた。だが釈迦は「役立つ人だけがいいのではない。困らせる人は己を磨く上で必要だ」と説いた。すると、希林さんは「くっくっ」と笑いながら言ったという。
 「そういえば提婆達多は、私にとっての裕也ね」


2030年 農業の旅→ranking



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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