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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

邑久光明園  藤本トシさん


『地面の底がぬけたんです』一部抜粋

失明



(昨日の続きで5ページです)

 耳や鼻は、それは、とてもいいです。この上耳を悪くしますと、そりゃ難儀なんです。
舎の前を通っても、人の話し声がどれだけ役に立ちますやら。
 こう通って行きますでしょ。すると、あ、誰それさんの声がしているから、ここは何舎だってことがわかるのです。それは、人の話し声って役に立つもんです。
 盲導鈴でも、あなた方にはかすかにしか聞こえないかもわかりませんけど、あたしたちにはあれが頼りなんですから、距離だけじゃなしに、方向も、きちっとわかるもんですよ。盲人さんが歩きなさるのをごらんなさいまし、こう行ってこう曲ると思ったら、きっちりそこからスッと曲がられますよ。あたしは下手なんですけど。
 匂いにも助けられます。この病気は嗅覚のない人がずいぶんありますのに。
 食べものでも、あたしは匂いでね、わかります。ですから、何をいただくのか得心がいってから口に入れられるでしょ。匂いのない人は、それを口に入れて舌でたしかめるまでわからない。
 だけど読み書きはねえ、耳や鼻じゃできませんので、点字を読むったって、このとおり指がありませんので、これは苦労しました。ええ、舌で読むんです。ところが、舌ではなかなか文字になってこないのです。
 点字をうってある亜鉛板をね、こうして捧げ持って、舌で読む練習をするのですけど、あれは舌が痛くてねえ。すぐ舌の先が破れて、練習板が血でまっ赤になるんです。
 それでも、これで読めるようになると思うとうれしゅうございました。痛さも辛さも忘れて、一所懸命でやりました。
 点字本を読んでて、汚い話ですが、ほんとのことですから話しますが、舌を出しっぱなしでやってますと、よだれが出てしょうがないのです、初めの頃は。そのうち、点字のつぶつぶがよだれでふやけてしまって、そこを一所懸命で舌で押すものだから、へこんじゃうんです。ほんとに困りました。
 しかしあれも、熟練してきますとね、ちっともよだれは出ません。舌の先をチッと出しまして、スーと読めるようになるんです。ちっとも濡れません。我ながら感心するようになります。
 最初のうちは舌を長く出して、一所懸命になればなるほど長く出してね。自然とそうなるものなんですよ、おかしなもので。
 ずいぶん良く読めるようになったんですよ。ところが、この人があたしのめんどうを見てくれるようになってから、ちっとも読まなくなってしまって。ずるけましてね。
 疲れるんですもの、あれを舌で読むのは。
 だけど、あれもなかなかいい修行でした。今はもうあんな苦労されてる方はありません。みんなテープに入ってますから。耳だけ良けりゃいいんです。
 うつ方も、相当いいところまで行ったですけどね。なんてましょうか、点筆をちっとやそっと手首にくくりつけたんじゃ駄目なんです。力が足りなくて。
 点字をうつ、あの細い定規みたいなのご存知でしょう。あの小さな長方形の中に六点打つんですから、アなら一点、イなら二点、その二点でも横にうったり縦にうったり、いろいろありましょ、そういうふうにうつんですから。六点で足りない濁音とか半濁音とかってのは、また六点以外のところに点をうつんです。それを一所懸命、この手の甲のところにゴムでキューッとペンをくくりましてやってたんですけど、すぐしびれて手が利かなくなってしまうんです。
 それに手だけでは力が足らないもので、頬でうつんですよ。それが痛くて。
 いえ、机がこうあって、紙がしいてあって点字器があるでしょう。そこへこう頬をもっていって━━あたしは指がありませんので、ふつうの点筆ではうてないので、ペン軸を改造したものに点筆の先だけつけてもらって使ってたんですけど、ペン軸だから長いでしょ。その長いところに頬をこうあてまして、手を動かす時々に、頬で押すんです。アならこう、イならこうってね。それにはなかなか力が要るんですよ。それで、頬のここんところに大きな水ぶくれが出来ましてね、苦労しました。
 点筆というのは、どういうわけであんなに短いものなんですか。あれはこの病者には不向きなんです。あれが使える人というのは、この病者ではいく人もいやしません。みんな改造してるんです。
 あの小さなマスに六点うつのは、なかなかのことです。自分じゃまっすぐうってると思っていても、隣のマスに入れてみたり、二重になってしまったりで。
 頭で五十音を覚えるのはあたしが一番早かったんですけどね。どっちへどう向いたら何という字だってことは、すぐ覚えられたんですけど、実際にやりはじまったら、どんなにしてみてもみなさんに追いつかない。
 じゃ、ちょっと一服って休憩がありますでしょ。すると先生がすぐあたしの横にきて、こやって、一所懸命にほっぺたをさすって下さるんです。ほっぺたでうつのはあたしひとりだもんで。
 でも、落第でした。
 どうしてそんなにしてまで点字をやる気になったかと言いますとね、やっぱり文章が書きたかったんです。自分でうてたらば、他人さんに下書きをおねがいするにしても清書をしていただくにしても楽だと思いまして、それで習いに行ったんです。というのも、同音異義語が多ございましょ。あれが口で言って写しとっていただく時に難儀なんです。
 ところが落第でね。しかたないから、頭の中に文章を書きまして、ここはテン、ここはマル、ここはひとマス空けてとか、行を変えるとか、みんな完全に頭の中に納めまして、その上でしゃべるんです。
 よくそれだけ覚えたねえって言われましたけど、十枚くらいのものまではその頃できました。まだ六十くらいで若かったということもありましょうか。ですから、書き取ってもらいましてから、読みかえしてもらいますでしょ、すると、ああそこはその字じゃなしにこの字ですとか、テン、マルまで全部言えました。頭の中で、原稿用紙をめくりながら読んでるようなもので・・・。




2030年 農業の旅→ranking



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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