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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

ミツバチにはまりまくったこの1年

     

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急こう配の山の斜面を上り下りすることは、きついというより楽しい。

葉タバコ跡地のこの里山に毎日上がってこれるのは、まさにミツバチのおかげである。

ミツバチは現在、巣門から全く出入りはしていない。それでも毎日上がってくる。


20年間、1年に数日、冬の農閑期に上がってきて草刈りをするだけだったこの山が、ミツバチのおかげで再生した。

今後はほとんど毎日、生きている限り上がってくるだろう。

1日1回の斜面の上がり下りは足腰のためにもよい。

18年後、75才になっても普通に上がれる健康体でいたい。


4月20日に初めてミツバチをゲットしてからこの1年、ミツバチにはまりまくってきた。

そしてミツバチは葉タバコの思い出を復活させてくれた。

そして里山歩きの楽しみも発見させてくれた。

そして里山歩きは癒しになった。

そして里山歩きは古の人の息吹まで感じさせてくれる

そしてこの里山は自分の故郷の山であリ、過去、現在、未来を思わせてくれる。


30代前半の、先が見えない失意の日々を思えば、今はまさに雲泥の感がある。

35才になった春、5月の連休のある日、突然、農業が脳裏にひらめいた時から、人生が180度好転し始めた。

それでも2年ほどの準備期間が必要だった。スタートした時は37才が目前だった。

人は10年、家は20年、国は30年と言われる。

自分が変われなくても、周囲の状況が変わってきていた。 

それでも20年近く、そんなに大過なく過ぎてきたが、2年前のヤギの導入からまた岩が動き始めた。援農、直売所出荷への変更、ミツバチ、山仕事。


変わり始めたと思ったら、自分のリタイアの年齢も近づいていた。

ベーシックインカム(年金)をもらい始めたら、農業の第一線(出荷農業)からは退く。

63才くらいからもらい始めようと思う。

第一線を退いてもニワトリとヤギを飼い続けることはもちろんだが、ミツバチ三昧の日々になると思う。これら3種類の家畜は1日1回のエサやりと見回りは必須であるし、自給野菜を作るにも電柵は必須で、ゲートの開閉も必要であり、必須事項は1項目であっても4項目になっても手間(負担)はあまり変わらない。

もちろん、これだけだったら農作業も含めて1日に2時間ほど作業をすれば足りるので、残りの時間もたっぷりある。


2群しか越冬中でないのに、今後ミツバチがどんどん増えていくような強気な発言と思われるかもしれないが、たとえこれ以上に増えなくても、常時1群でも保持できれば、上がってくる楽しみは保てれる。

         
   
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葉タバコ跡地の上の山も草(笹)を刈ったので、合計で20アールほどになった。画像のクの字になっている木を中心に、その周囲にも14箱ほど置ける。クの字の木は「分蜂群が集まるフェロモン木」にしたい。


ミツバチのおかげで里山のぐるぐるまわりができる。
 
里山の急斜面の上り下りは健康にもよい。

里山歩きは古人や故人との対話でもある。  

里山歩きは癒しであり、哲学の小道でもある。
      
      
      
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新たな幕は2年前、お前たち2頭が開いてくれたのだ。

2030年 農業の旅→
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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在65才、農業歴29年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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