六十年の証言
星塚敬愛園入所者数 1051人
受療実態調査回答者数 800人
一年間に眼科治療を受けた者 413人
手・足・顔・植毛の形成手術を受けた件数 237件
これから形成手術を希望する件数 308件
傷のある者 475人
足の裏傷がある者 202人
傷の年数
半年~五年 142人
六年~十年 16人
二十年 5人
四十年 2人
六十年 1人
医師定員 11人
実人員(園長・歯科医三人を含む) 8人
一人しかいない外科医がほしいのだ
一人もいない形成外科医がほしいのだ
一人もいない眼科医は絶対にほしいのだ
おれたちは 何一つ欲ばってはいない
死者と社会復帰者が
偽名を呼び交わして去った日
六十年もの傷が六月のひかりに浮きでた
おれたち 共産党員はじっーと羞じた
十七の娘のときから 七七歳
もう 傷なんてものじゃない
これは 歴史だ
これは 療養所の中の無医村の表札
これは 太陽が昇りはじめると暗くなっていく人間の部分である
これは 半世紀をこえる証言がこもって塞がらぬ
これは 現実と馴れ合った弁解を裁く唯一の論理
である
どうして こうも
おれたちらいは 過去の骨をしゃぶらねばならぬか!
高度の資本主義の狐火がつらなり
鹿児島から青森まで高速縦断道路が
昼と夜をつきぬけても
おれたちの 問いは法則になり
おれたちは 日本列島の岩をかむ荒波である
らいは治る
らい問題は解決した
いっさいの特殊性は認めない
東南アジアの救らいに眼をむける
確かにらいは治った
だが みろ!
二十年の 四十年の 六十年の傷は
足の裏で土を拒み
ひかりの色と明るさを忘れている
わかるか!
季節が肉や骨をむしりながら長くかかって
傷の中を移り過ぎるのが
一万人が九千人に滅びたところで
おれたち一人ひとりの
きょうの分担は少しも軽くはなっていない
偽名が雑踏の奥にかくれているから
死も埋葬されず終わっていないから
作業賃を稼がねばならず
生きる総重量を集約する足の 裏傷に
傷だから 薬をつけ ガーゼを当て ホータイをするだけには
現代はない
とりまくものの光と影を閉ざされた眼底の
なりゆきまかせの洗眼に
未来はない
それは 治すきびしさと 治るよろこびの
二つとも奪っている
療養所はいのちの不安を確認するところ
療養所に医者はいない
おれたちらいは 日本の医療の中にはいない
註一、一九六八年六月、日本共産党星塚支部の調査。
註二、穿孔傷を日常裏傷といっている。
註三、外科医一人は医務部長で、公務出張も多く、その時は、外科医は一人もいないことになる。