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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

松丘保養園  佐藤一祥さん(7)



夜夜起す媼の尿は数増せりかかる厳寒を越さねばならぬか




入院の媼に春の香嗅がせむと雪間の小さき蕗の薹摘む
(義務付けられた、患者が患者を看とる作業は相当の負担であったと思う)





五月晴を居残る炉辺に集ふどち一人が読みて二人は聴きつつ




人間が月面歩める現つ世に三十余年経て里帰り叶ふ




療友らと里帰りせるもハ氏病への偏見残れば生家に寄れず




右下脚再切断までして応ぜしに不調の義肢の整備ならざる





指萎えし妻が口もてつぎくれし幅狭き足袋は義足に合はず




激論し向上しゆく自治会か信じつつ吾等頼らむとする




好奇心と恐怖の人の眼にも慣れトタンの義足十五年穿く




入園して二十七年経しが農馬など使ひし頃の夢を見にけり




試みに便所に行くといふ妻の杖となりつつ壁際をゆく




雇はれゆき酷使されたる杳き日が病み古る今も吾を支ふる



佐藤一祥さんの略歴
1909年秋田県南部の農家に生まれる。尋常高等小学校を卒業後、5年間農家に奉公。20歳で発病。療養所の存在も知らず実家に隠れ住むが、茸取りに行き足を滑らし医者にもかかれず足を不自由にする。「家の光」を読むのがささやかな楽しみ。この頃から短歌・俳句に憧憬の念を抱く。1936年4月北部保養院入院。病棟看護につく。昭和15年白樺短歌会入会。内田守人の指導を受ける。傷の悪化で右下肢切断。1950年「水甕」社友となり本格的に作歌を志す。昭和38年同人。平成5年10月没。享年84。『白樺』第一集(昭和32年)『白樺』第二集(昭和38年)『三つの門』(昭和45年)『白樺』第三集(昭和47年)『歌祷の日日』(昭和51年)『白樺』第四集(昭和58年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


2030年 農業の旅→ranking



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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