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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

40年間、里山は破壊の連続だった

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ダイコンとカブの種を蒔いて、その上からクン炭(焼きすくも)をふった。

極早生タマネギ、ロケット、オータムポエム(ナバナ)の種も蒔いた。これらは育苗して定植する。 



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引き続き、ミニレタス、サラダナ、シュンギクの定植をした。雨が降らず、定植が遅れたので、苗があまり芳しくない。


野菜の技術的なことは人に紹介できるようなものは何もない。20年が過ぎても技術的な進歩がほとんどなく、とても未熟だから。
学ぼうとしなかった・・・
学ぶ必要性に迫られなかった・・・
学ぼうとしても真似ができなかった・・・
このようにしていつのまにか年月が過ぎた・・・ 


里山は破壊の連続だった

昭和30年代から平成10年頃までの40年間余り、里山は破壊の連続だった。「地域開発」という名のもとに破壊しつくされたのだ。子供の頃の里山の面影はすでになに一つ残っていない。全国の他の里山も似たような経過をたどっただろう。
河川の改修が数回
池の改修が数回
ダムの改修が数回
道の改修は数限りなく
山が牧場に開発され、その後長く放置され、その後「美しい森」施設として再開発された

マツタケを引きに行った山も、アケビを取りに行った山も、セイセンゴ(イタドリ)を取りに行った山も、魚を釣りに行ったダムも岩ツボも、ダムに注いでいた水流も、祖父母に連れられて行った山仕事の山も、今はすでに「美しい森」のどこら辺りだったか思い出すこともできない。

無残に変わり果てた里山。次の代に引き継ぐのは「美しい森」ではなく「変わり果てた森」と言った方が適切だ。

推進した連中の首に誰も鈴をつけることができなかった。まるで戦争に向かった時代の空気みたいに。この時期、全国の選挙区で「小型角栄」が当選し続けたのだ。町議会議員の半分近くを土建業の社長が占めた時代だった。その当時、町民の多くが支持したのだから仕方がない。

生物多様性条約会議で「SATOYAMAイニシアティブ」を紹介・・・この40年間、破壊しまくってきたのに! 
   

     

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塩見直紀さんが提唱されている「半農半X」を理想に掲げているが、なかなかそうはできず、どうやっても「全農」になってしまう。

今日は気分がのらないなあと思っても、とにかく最初の一行を「できるだけ早く」書き始めると、いつのまにか気分がのってくれる。



今日も2箱の巣箱は、ほとんどミツバチの出入りがなかった。7月に採蜜した巣箱を今月中にもう一度採蜜しようと思っていたが、こんな状態では採蜜はできそうにない。スズメバチの刺客が多い月は、巣箱の中で、蓄えた蜜を食べながら活動の衰える時期を待っているのかも知れない。

こんな状態が毎年発生するようだと、採蜜できる期間は5月末~8月上旬の2ヶ月間ほどしかない。これでは年に1回しか採蜜できないように思う。
11月中旬~翌年2月・・・冬季でミツバチの活動は弱まる
3月・・・・・・・・・・・・・・・・・・ミツバチの活動が再開
4月、5月・・・・・・・・・・・・・分蜂時期(巣別れ時期)
5月末~8月上旬・・・・・・採蜜時期
8月中旬~11月上旬・・・スズメバチが多く出没する
 

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昨日耕運したばかりの田んぼに、動物の足跡がついていた。小型の4本足動物か?。小型でもイノシシだったら、すぐ隣の田んぼのサツマイモを掘り返しているはずだが被害はない。それならイノシシ以外のヌートリアかイタチかアナグマのような害獣かもしれない。いずれにしろ電柵の下をくぐりぬけている。

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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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