あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

栗生楽泉園  竹村 昇さん(2)



豚の焼肉



秋の夜の卓上に置かれた

一皿の豚の焼肉に

僕の頬はつやめいた

「まったく、久しぶりのご馳走だからな」

君も僕も

一皿の豚の焼肉にこめられた平和に

浸り

涙ぐむ


あの殺伐の日

君も僕も

木の実草の根を手当りしだいに喰べたっけな

診療もしてもらえず

戦争という烈風のなかで

病友はみんな青ぶくれた顔をして

しかも喰うためにのろのろと

鍬さえ握った

そして君も僕も、ただ生きるために

ただ生きるために闘ったのだ


いま一皿の豚の焼肉を前にして

君も僕も美しく微笑む

とっても貧しい平和だが

この平和を誰が破壊できよう!


君よ、僕達が若くて健康だった頃

自身の若さを満したあのビフテキには及ばぬが

でも 一片の豚の焼肉から

僕たちの新しい若さが芽生えているんだよ










僕の絵
━━白内障摘出 紅彩切除の開眼手術を受けて


じわりと明るさが沁みこんでくる

一枚一枚繃帯のとかれ

陽光に僕は近づく

最後の一枚を取りさった

押しこくるような勢いで

真昼の光が僕に差しこんだ

医師が光る 看護婦が光る

友だちが光る 僕が光る

きらきら光る 光りに僕は包まれた


僕の目の前に立ちはだかった

厚い鉄板

現在いまぶち抜かれ

堰をきったようにあふれる

光りを浴びて僕は立っている

闇からまったく解放されたのだ

黒よりなかった僕に

色がある

ここに僕がある

そこに友だちがある

太陽がある

道がある

大自然がある

日陰にも無限の光線が射しこんでいる

夜でもすばらしく明るいのだ


自分の姿を見詰める

痛いほどの明るさ

一睡もしない日が幾日となく続いた

強烈な光りを受け

闇に馴らされた僕の視神経は耐えられなかった

直射日光にあたった豆モヤシのように

十幾日でへし折れてしまい

二度まっくら闇に僕は覆われ

一層厚い鉄板が目の前にたちはだかった


光りがすぐそこにある

この目で確かめた

明るさが そこにあるのだ

まだ 僕には

どんな厚い鉄板でも突き通す

感が残っている

思いきりこの感をゆり動かして

僕は

光りに向って生き抜く

僕の絵を

描き続けるのだ

生涯僕の見詰める

真黒い鉄板に




竹村昇さんの略歴
1917年2月20日長野県に生まれる。1939年11月30日栗生楽泉園に入所。俳句が多いが、1953年頃から詩作も始めた1980年7月21日死去。



2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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