あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

栗生楽泉園  香山末子さん(6)



私が二十三歳だったとき



浅間山を眺めるのによい縁側

真白い雪の山

馬の背に似ている

枯枝がいっぱい

大きな岩山がごろごろ

私は青く澄んだ空が

白くぼやけていくまで眺めた


ため息とながいキセルをふかす母

その頬に大きな涙がおちた

発病のわかった私は

赤ん坊を背負って

母のもとを去った

私は二十三歳だった









うれしい便り


戦争で死んだことになっている私に

どこからも便りがくるはずがない

そう思うと 胸がふさぎそう

そんなある日

園長先生からの便りが届いた

「群馬県藤楓協会会長の清水知事さんから表彰される・・・」

私のつたない詩が

ライ啓蒙のお役に立った

ということであった

本当だろうか!

うれしくて 恥ずかしくて

最高によい便りを受けとった









高野桑子先生
━当時内科医として勤務していた


県知事から感謝状をもらった日から

医局へ行っても

散歩に出ても

みんながおめでとうとお祝いの言葉をかけてくれる

でも私には

ありがとうの言葉がすんなり出てこない

おめでとうの言葉を受ける時

私の背中が重くなり

淋しくなる

学校は一日も行かない

自分の名前も知らない

この気持ちは何故か重く苦しい

高野先生から何か書くようにすすめられた時

その言葉をうるさく感じた

けれど今になって

先生の言葉がうれしく

書き続けて来てよかったと思う

心や身体がいくらか軽くなったように

感じている

なんにもわからんものが

書こうと思うと骨が折れた

何回も投げすてていった原稿

やはりまた思いなおして書き続けている











長い廊下を伝わって

部屋に帰ると一番先に

唇を出し 生けた花びらをなめてみる

見えないけれど

今日は私の坐る方に向けて生けてある

うれしさがこみあげてくる

外から帰って部屋に入ると

自分が飲んでいる 薬の匂いで一杯

だから花が好き

花の香が私を慰めてくれる



香山末子(金末子)さんの略歴
1922年1月27日、韓国慶尚南道晋陽群晋城面温水里に生まれる。1941年、夫のあとを追って渡日、1942年に第一子、1944年に第二子を出産。同年発病し、1945年12月8日、第二子を背負って栗生楽泉園に入所した。1996年5月4日死去。合同作品集『トラジの詩』(1987、晧星社)、合同詩集『骨片文字』(1980、晧星社)、第一詩集『草津アリラン』(1983、梨花書房)、第二詩集『鶯の啼く地獄谷』(1991、晧星社)、第三詩集『青いめがね』(1995、晧星社)『エプロンのうた』(榎本初子編、2002、晧星社)。



2030年 農業の旅→ranking



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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