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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

多摩全生園  北條民雄さん



ハンセン病文学全集4「記録・随筆」のP582~P584を抜粋しました。
なお、読みづらい仮名づかいは現代仮名づかいに改めさせて頂きました。
言ふこと→言うこと
やうに→ように
思ひに→思いに





 花というものを、しみじみ、美しいなあ、と感じたのは、この病院へ入院した次の日であった。今は収容病室というのが新しく建ったので、入院者がすぐ重病室へ入れられるということはないけれども、私が来た当時はまだそれが出来ていなかったので、私は入院するなり直ちに重病室へ入れられた。
 
 私がそこでどんなものを見、どんなことを感じたか、言語に絶していてとうてい表現など出来るものではない。日光を見ぬうちは結構と言うな、ということがあるが、ここではちょうどその反対のことが言える。たとえばあなたが、あなたのあらん限りの想像力を使って醜悪なもの、不快なもの、恐るべきものを思い描かれても、一歩この中へ足を入れられるや、忽ち、如何に自分の想像力が貧しいものであるか、ということを知られるであろうと思う。私もそれを感じた。ここへ来るまで色々とここのことを想像したり描いたりしたのだったが、来て見て予想以上なのに吃驚してしまった。膿臭を浴びたことのなかった私の神経は、昏乱し、悲鳴を発し、文字通りささらのようになってしまったのである。私は、泣いていいのか、笑っていいのか、また、無気味だと感じていいのか、滑稽だと感じていいのか、さっぱり判らなかった。
 
 そこは、色彩において全くゼロであり、音響においてはコンマ以下であり、香りにおいては更にその以下であった。私の感覚はただ脅えて、石のように竦んでしまうばかりだった。持ってきた書物が消毒室から帰って来るまでの間、私は全く死人のようになっていた。私はせめて活字を、文字を、思想の通った、人間の雰囲気の感ぜられる言葉を、見たかったのだった。今でも忘れないのは、その時私の隣りのベッドにいた婦人患者が、キングだったか、表紙の切れた雑誌を貸して呉れたときのうれしさである。私は実際、噛みつくようにして今まで見向きもしなかったこの娯楽雑誌の頁をくったものである。
 
 しかしなんといっても、自分の書物が、自分の体臭や手垢のしみついた本が帰って来た時のよろこびは、それ以上だった。私は涙を流さんばかりにして、その本を一冊一冊抱きかかえて見たり撫でまわしたりした後、ベッドに取りついているけんどんの上に積んで置いた。それを眺めている間、私はなんとなくほっとした思いになっていた。
 
 私がそういう思いをしている所へ、誰だったか忘れたが、花を持って来てくれたのである。なんという花か、迂闊な私は名前を知らないが、小さな花弁を持った、真赤な花であったのを覚えている。はなびらの裏側は幾分白みがかっていて、薄桃色だった。華かではなかったが、どことなく品の良いととのった感じのする花で、私はもう夢中になって眺めたものである。
 
 それまで、私は花など眺めたことは丸切りなかったのであるが、それからというものはすっかり花が好きになってしまった。
 
 この間、ある事情で四国の故郷までまことに苦しい旅をしたが、帰って来ると私はまだ花の咲かないコスモスを鉢に活けた。舎の前に生えていたもので、私は指先に力を入れながら注意深く掘り返した。そこへ看護婦の一人が来て言うことには、
「北條さんが花をいじるなんて、ちょっとおかしいみたいね。」
 なるほど、そう言われて見ると私は野蛮人に違いない。しかし、私は言ったのである。
「平和に暮したいんだよ。何時でも死神が僕につきまとうからね。」
 彼女は可哀想なという風な表情で私を見ていた。



2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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