あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

すきま風━━自分で選べなかった人生

石田雅男さん「隔離という器の中で」P64~P68抜粋


 時折”もし、ハンセン病に罹らなかったら”そんな思いがすきま風のように、眠りにつく私を揺り動かすことがあります。

 ハンセン病を患った時点から、自分の進みたい道を自分で選択するということは私から消え去り、ハンセン病というバク(夢を喰う動物)に人生の夢を喰われてしまった筈なのにと思いながら、何時も夢の人生の虜にさせられ、あの道、この道かと夢想にふける自分がいます。

 それは心の底にひそむ人生への未練な思いなのかもしれません。

 しかし、私がその都度、その思いを振り切るのは、人生に違いはあっても人間として生れてきた二度とない人生であり、よその花園を覗くことをしないで前を見つめ、振り返らずに残された人生の時間を大事にしなければならない、そう言い聞かせては、入り込もうとする”すきま風”を撃退しました。

 しかし、時に例外もありました。それは五、六年前、国立長島愛生園附属看護学校の入学式に自治会代表として私(自治会会長)が出席した時のことであります。三十名の入学生を前に毎回のように、一般的な激励と期待の祝辞を申し上げるつもりで壇上に立ったのですが、その時、私を襲ったのは予期せぬ嫉妬心でありました。三十名の若い入学生には緊張のなかにも希望通り入学できた喜びと誇りが感じられ、その彼女たちの後ろには期待と心配顔で見つめる保護者の方々がおられましたが、自分の選んだ道への第一歩を進もうとしていることが、とても羨ましく思えたのです。

 「第〇〇期入学生の皆さん、ご入学おめでとうございます。長島愛生園入園者自治会を代表しまして一言、お祝いの言葉を申し上げさせて頂きます」

 と切り出して間もなく、昨夜までこの日のために心の中で準備していた祝辞の言葉を忘れて語りましたのは、次のような話でした。

 「皆さんたちは将来、看護婦さんになることを希望し、この道を選ばれたと思います。しかし、学びの中で不安になり、自信を失い、自分はこの道に向いていないのでは、と何度も壁につきあたるかもしれません。

 また家族と離れて過ごす日々の寂しさもあって、自分で選んだ道でありながら虚しく思える時があるかもしれません。そんな気持ちに陥った時は私たちのことを思い浮かべて下さい。私たちはハンセン病という病気を患ったゆえに、何十年も親兄弟、家族と別れ、生まれ故郷も忘れるほどの長い間、療養所で暮らしてきました。

 私ごとで恐縮ですが、私は十歳の時に発病して、この愛生園に入りました。今、六十歳を過ぎていますが、私の人生には将来夢を抱いて進む道、自ら選んで歩む道はありませんでした。それゆえに自ら選ぶことができ、皆さんが選んだ第一歩の道が、この愛生園附属看護学校ならば、少々のことは挫けないで、簡単に投げ出さないで、自ら選んだ道を大切に頑張って頂きたいと思います。そして病気で苦しんでいる人、弱い人々を看る強くて優しい立派な看護婦さんになって下さることを心から願っています」

 と結んだように記憶しています。

 人間にはそれぞれの生き方があって、健常者、病者もしくは肉体的障害者か、いずれかを背負わされる宿命的なものがあるように思えてなりません。私は望みもしない病者と障害者になりました。これを当然と思ったことは一度もありませんが、健常者におかれた人たちは健康を当然のように思うあまり、健康であることの喜び、有難さ、その素晴らしさを忘れているのではないか、と思うことがあります。

 例えば結婚して子供が生まれた時、親として何を一番先に思うのか、それは手、足はどうか、五体に異常はないか、と心配し、そして無事であったことに大喜びをする、それほど健康とは大切なものなのです。

 私たちは病者であっての苦しみ、障害者としての痛みを受け入れて生きています。そして、同時に他人の痛みも苦しみも理解できるようになりました。

 看護学校の入学式における私の心境は、保護者の方々に見守られている入学生に対し、私にはなかったことへの”嫉妬”であり、宿命的な私の人生に対する悔しさでありました。また同時に、きれいごとのようですが、私の思いの一片を前途ある若い人たちに託したかったのかもしれません。

 私にはもはや自分の将来に夢を託すことができません。寂しい限りですが、私の人生に与えられた時間はそんなに多く残っているとは思えないからです。しかし、どんなに”すきま風”が囁いても、これからの生きる時間はこの世に生きている証として大切に、そして愛しみながら過ごしてゆくことに変わりはないと思っています。


2030年 農業の旅→ranking



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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