あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

鳥取県から始まった「里帰り」運動

加賀田一さん「いつの日にか帰らん」P29~P30抜粋


 高度経済成長期の1962(昭和37)年、厚生省療養所課の課長補佐として交渉のあった加倉井駿一さんが鳥取県厚生部長に出向就任しました。病原菌をもっていることを陽性といい、もたないのを陰性といいますが、この当時、在園者のほとんどがハンセン病菌陰性の回復者でした。私たちは患者運動として、島やら塀の中に閉じ込められたまま家族と故郷を失った入所者に帰郷旅行をさせてくださいと働きかけていました。

 私は鳥取県の生まれでしたから、出向した加倉井さんに菌の陰性者だけでも、県が家族に代わって迎えてくださいとお願いすると、彼はすぐに英断を下して、「里帰り事業」として実現させました。(その「英断」については加倉井さんの項で詳述します)。

 「里帰り」といっても、その人によっては故郷近辺を二泊三日で廻るというもので、帰郷を家族に告げて迎えられることはとてもできません。園内通用名で、県の宿舎に泊まって、故郷の今の姿をひそかに見てまわってきただけですが、入園以来、長く長島から出たことがなかった元患者にとってはたいへんな喜びであり感激でした。

 これはセンセーショナルなニュースとして直ちに全国の療養所に伝わり、その後「里帰り事業」として他県にも波及してゆきました。その嚆矢が鳥取県でした(私自身は後述の経緯によって、前年に墓参りをしていましたので、不安な病友たちに同行を請われましたが参加できませんでした)。

 そんな私の生涯で「らい予防法」の廃止は一つの転機になりました。


2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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