あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

患者の死に方


加賀田一さん「いつの日にか帰らん」P106~P107抜粋


 愛生園では死は軽いものでした。戦争中、私が当直した日、寝ている姿そのまま、栄養失調で弱って死んでしまった人がありました。朝、起き出さないので、布団のなかを見るとすでに息絶えていました。まだ30代の壮年期でした。患者が脈を取ったわけでもない。看護婦も医者も脈を取った訳でもない。脈を調べないうちに死んでしまった。こういう姿を私は見てきました。

 戦争末期の昭和19年や20年頃は、労働もきつく食料も不足していたのでもっともたくさんの死者が出ました。当時私は患者事務所の松寿寮の役員をしていましたから、事務所に出ていて、入所者が亡くなったという連絡を受けると、そこへ行くのが仕事のひとつでした。故人の持ち物を勝手に持っていかれては困りますから、それらをきちんと記録し、慰安金を納めるというようなことをしていました。

 多い時は、1日に4回、立ち会いに行ったことがあります。4人の死者が出たということです。「今朝、起きて『洗面だよ』と布団をめくったら死んでおった。それで看護婦に連絡して、それから医者に連絡してきた」という連絡を受けたこともありました。終戦の年には332人が死んでいます。実に入所者の23%です。これでは最後まで残ってもあと4年だなあと思ったものです。


2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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