あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

監房


加賀田一さん「いつの日にか帰らん」P88~P89抜粋


 愛生園は療養所といいながら、監房がありました。高さ三メートルぐらいの塀に囲われた二十五メートルプールぐらいの広さの空間に建てられていました。塀の扉を入ると檻の潜り戸があって、なかは三つの房に仕切られていました。「秩序違反」者と精神病者が入れられるのですが、それは可哀想なものでした。

 園長には「懲戒検束」権が法によって認められていましたから、警察署長であり裁判長でもありました。禁制品(酒、現金、米、ミシン、ラジオ、写真機、自転車等)の持込み、賭博、飲酒、喧嘩などが処罰の対象でしたが、逃亡(未遂)も多くありました。私に郵便が来ることはありませんでしたが、信書、小包などは調査を名目に職員が開封していたこともあったようです(戦中戦後には破れていたといって、中身が抜き取られました)。

 逃亡については悲しい笑い話が園内で語り継がれていました。逃亡には船が必要なので村の漁民と親しくなって、現金を渡し日時を決めて決行します。園内票と現金を両替する闇ブローカーもちゃんと存在していました(清酒、密造酒もありました)。逃亡者は夜中、約束どおり船に乗り込み中に隠れます。一時間ほどして、「着いた」と言われて桟橋へ上がり、やっと本州かと思って上陸すると、なんとそこに職員が立っており、「どこへ行っていたんだ?」と嘲笑されながら捕まったというのです。この話の自嘲的悲しみは二重です。漁民に騙されたことと、職員桟橋など行ったことがないため、そこが島内だとはまったく気付かなかったことです。


2030年 農業の旅→ranking



このページのトップへ

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カウンター

QRコード

QR

検索フォーム