あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

療養所の設立


加賀田一さん「いつの日にか帰らん」P81~P82抜粋


 日本でハンセン病対策に最初に乗り出したのは、キリスト教の布教に来た外国人宣教師たちでした。病者が治療や救いや施しを求めて集まってきた草津、御殿場、熊本にはそれぞれ温泉、寺社があり、集落がありました。西欧先進国ではハンセン病はほとんど根絶していましたから、彼らハンセン病者を見た宣教師たちが、そこに療養所を設けました。西欧並の一流国家となることを史上目的とし、日清・日露戦争に勝った日本は対面上、「浮浪癩」の一掃を図ったのが「癩予防二関スル件」(明治四十年法律第十一号)です。公立療養所建設は、人々の目から彼らを隠すことを主目的として彼らを収容しました。

 そんな時代に登場したのが光田健輔医師でした。彼は日本からハンセン病をなくすため、第一回国際らい会議(1897年)の「らいは遺伝病ではなく、らい菌による感染によって引き起こされる慢性感染症である。したがって隔離することが安全である」という決議に従って救済と隔離収容が必要と熱心に運動し、やがてはハンセン病医療行政の中心的推進者となりました。



2030年 農業の旅→ranking



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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