あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

長島愛生園  山本 肇さん(3)



燕来る穿かぬ義足の足袋も替え




秋風に眠りのほかをわすれけり




かみなりのすこし遊びて冬に入る




鈴虫の五体そろへて生れけり





蝉一つ死せり内科の窓の下




うっかりと蜘蛛が糸張る松葉杖




曼珠沙華消ゆるまでに義肢作らねば




我が死の日あるやも知れぬ初暦




満開の息つめてゐるさくらかな




つゆぐさや穿き潰したる義肢の数



山本肇(本名・正市)さんの略歴
長島愛生園 大正5年鳥取県北因旛生れ。職は大工で修業時代が終わる20歳頃にハンセン病に罹る。昭和15年長島愛生園に入所。昭和20年左脚切断。同23年夏頃から「ホトトギス」の影響下で句作開始。園内の「蕗の芽会」に入会し、「雲母」同人梶井枯骨の指導を受ける。同年、本田一杉主宰の「鴫野」に投句。29年「雪解」同人。30年「雪解」同人辞退。32年「鶴」同人。「鶴」で石田波郷の選を受けて猛勉強。自らを”四十童子”と揶揄し、母恋い、女恋い、故郷恋いの句を多く残す。37年「鶴俳句賞」受賞。39年「鶴飛鳥集」作家となる。同年俳句協会会員に。愛生園では数度句集出版の薦めがあったが固辞。昭和42年自らの墓標であると想い定め『山本肇句集』を発刊。同句集は「北條民雄の『いのちの初夜』」、『村越化石集』などと共に癩文学の最期を飾る古典」との評価を受ける。昭和57年発刊された『山本肇集・最終船』には「歳月と病涯に晒され過ぎた果のユーモアの塩からい味」(山田みずえ)がする句が収載。62年第三句集『海の音』出版。合同句集に『真珠』(昭和26年)、『群礁』(昭和45年)。




2030年 農業の旅→ranking



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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