あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

長島愛生園  大村 堯さん(4)



関節の傷癒えしかど吾が指は再び直に延びずなりたり




知覚なき手となりはてぬ知らぬまに小指に深き傷負ひて居し




幾日を熱もちうづく傷故に小指は医師に乞ひて落しぬ




便さへなき
病友とも多き身に比して和みゆくべく吾が幾日なる




新しく茶をいれしめて綴りつつ
言葉ことそへがたき虚しさに居り




新薬プロミンに開く未来を命賭けて逝きにし友よかなしかりけり




病み重ね孤独無量の海鳴りに灯りあかあかと点して眠る




一日づつ澄みゆきしがありありと残る視力も乏しき妻よ




年老いし夫を残して天翔ける孤独のみ霊は帰郷の旅か




大村堯(牧原白路・牧原徹・島崎徹)さんの略歴
大正5年沖縄県平安座島の生まれ。父は那覇の中心地・若狭町で法律事務所を開業。そこから首里一中に通う。昭和10年代初め福岡県「生の松原」にあった深敬病院分院に入院。当時の院長は早田晧。分院の閉鎖に伴って長島愛生園に移る。このとき早田も愛生園の医官となる。戦前は青年団のリーダーとして活躍。昭和12年から「愛生」に短歌を投稿。その頃は牧原白路・牧原徹・島崎徹などを名のる。昭和25年「水甕」入会。予防法闘争時は社会党長島愛生園支部長、全患協事務局長を務める。58年からは作歌を再開し大村堯名で発表。「水甕」所属。昭和61年1月9日逝去。『青磁』(昭和26年)『清き空白』(昭和61年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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