あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

長島愛生園  千葉 修さん


長島八景

八 万霊夜雨

(2ページ半です)

 愛生園の第一印象には常に陰の存在であるが、それぞれの住家にも落ち着いた頃、おもむろに足を運ぶ所が万霊山である。
 万霊!私は初めて納骨堂一帯をそう呼ぶことを知った時、何か、ひしひしと胸にわき上がる寂寥感を覚えた。癒えぬ病を背負わされた宿命を新しく感覚した、そして納骨堂への散歩を幾度か躊躇した。しかし、一目見た納骨堂は、暗い期待だっただけに、あまりにも芸術的に美しく、明るい感じさえした。でも、玉砂利の参道を進んで、先輩の霊に額づき、藤棚の下のベンチに腰を下して松籟の韻と眼下からの潮騒を、深閑とした庭内に聞いた時は、さすがに塋域だな、といった感じが強くなる。
 更に、骨堂の遺骨安置室のドアを
して、年代順にズラッと並んだ遺骨の壺を見た瞬間、誰もが愕きの声を挙げるだろうと思うほどぎっしり詰まっているのに、私は愕いた。初めての日に、職員の方たちのそれをも併せて安置棚に並んでいるのを見て、私は思わず敬虔の念に打たれたのを覚えている。戦時中から戦後にかけての最も凄惨だったあの時、急にわれわれの間に、<安置棚狭し><骨壺足らず>の声を聞いたのも昨日のことのようで、肌に粟を生ずる思いもまた生々しい。
 春秋の彼岸に、盆に、納骨堂の参道にはとりどりの提灯が飾られるようになって、その門を潜りながら、私には、ありありと目の前に死の翳が迫って来るような不安が去らなかったあの頃の記憶が鮮やかに蘇るのである。
 今年の盆など、むせるような香煙のなかに、供え物の西瓜が山をなし、珍しい種々の菓子や団子を、これまたとりどりの供花が囲んでいる祭壇に額づいて、あの時代に逝った親しかった誰彼を心に呼びながら、心から詫びたくなり、瞼が熱くて熱くて仕方がなかった。
 かつての短歌会を育てた内田守人先生が、君らには傑作の生まれそうないい素材だと思うが、万霊山を詠んだ佳い歌がないのはどうしたことか、と言われたことがあった。それで私はひそかに、万霊山を徘徊し、コンクリートの残骸穴を幾度か覗き、長島先住の山田翁の墓をも詣でるなど、あらゆるすべを講じて詩情を搔きたてたのだが、やっぱり月並な拙い歌しか生まれなかった。
 しかし、ある一夜、先輩Sを喪った哀しみに、折からそぼ降る雨の中を、傘をさして詣でたことがある。枯れ枝になった萩は、早春の雨雫をさむざむと宿し、玉砂利はしっとり濡れて音もなかった。そして、額づいた香炉の灰はじっとり湿りを含んでいた。しかし、すっかり哀愁の虜になって、詩情など湧くはずもなかった。
 その日から、親しい人を喪った哀しみを存分にかなしみたい日には、万霊山に小雨けぶる黄昏時がもっとも相応うように、私には思えてならない。悲しみが骨髄に沁みこんで、泪を流す甘さなどをはるかに超えたものの哀れを、しじに味わうことが出来るのは、小雨けぶる夜の万霊山に限るように思えてならない。
 この私の心を心として、私を悼んで呉れる心の友が遺ってくれることは、今の私の唯一の頼みの綱でもある。



千葉修(北川・稚葉)さんの略歴
明治44年沖縄県首里市に生まれる。昭和12年4月19日発病のため教職を辞して長島愛生園に入園。愛生学園教師、長島短歌会会長などを務める。昭和16年「多摩」会員。昭和28年「形成」同人。昭和61年6月22日没。享年75。『楓陰集』(昭和12年)『青磁』(昭和26年)『小島に生きる』(昭和27年)『あらくさ』(昭和30年)『陸の中の島』(1956年)『あかつち』(昭和31年)『青芝』(昭和32年)『風光』(昭和43年)『三つの門』(昭和45年)『海光』(昭和55年)『遁れ来て』(昭和62年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)他に歌集『珊瑚礁』『守礼門』がある。


千葉修さんは1986年(昭和61年)の6月に75才で亡くなったが、その年の1月には、同じ沖縄出身の「大村堯」さんが70才で亡くなり、3月には森岡康行さんが57才で亡くなっている。そのさびしさを、
「一人逝きまた逝き死別の感覚も鈍りはてたりこの生き残り」と詠い、「誰よりも若き康行逝かしめて誰が継ぐべしや守りゆくべしや」と悲しんだ。



2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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