あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

長島愛生園  近藤宏一さん



『ハーモニカの歌』まえがき

 私は「眼聴耳視」という言葉をラジオで学びました。眼で聴き、耳で視る、というこの不思議な言葉は、ある経文の一句であって、あらゆる事柄の本質を見透す心の姿勢を説いているというのであります。失明25年、音をたよりに生きてきた私にとって、この耳で視る、という一語は、日常的な実感でありましたので、思わず共鳴し膝を打ちました。特に失明とともに私たちが持っている手足の後遺症には、ハンセン氏病特有の知覚麻痺がともなっておりますので、その不自由度は意外に高いのでありますが、これほどの病気がなぜか、耳と脳とをおかさなかったということから、聴く、味わう、考える、記憶するなどの働きが、本来の人間性を失わず、その能力を発揮しうる最良の機能であることを、青い鳥楽団という具体的な音楽活動を通して教えられてきたのであります。それはまた好きという一点だけで結束した一部晴眼者を含む十数名の重障失明患者が、それもかなり衝動的本能的に、あるいは長期療養生活のなかの閉ざされた時間と孤独からの逃避であったかもしれないといたしましても、音楽という花を咲かせるためにあえて困難に立ち向い、励まし合い、多くの善意に支えられながら、ひとつの可能性を発見したという貴重な体験でもあります。

 発見した可能性・・・それは為せば為る、という確信であり、生きることの喜びであります。すべてを奪いとろうとしたはずの病気が、実は一方で生甲斐への道をひらいていたという、それは一編のドラマにも似ていると私には思えてなりません。この意味で「青い鳥」の音楽はその技術ではなく、そこにこめられている感動の純度こそ問われるべきものではないかと反省するのであります。
 
 明治三十年の調査によれば、その頃のわが国におけるハンセン氏病患者総数は三万を超えていたそうでありますが、現在(1979年)では全国十六か所の療養所に約八千、しかもそのうち八割までが菌陰性者であり、我が国のハンセン氏病行政はすでに終末期に入っているという人さえおります。こうした大きな時代の流れの片隅で、眼で聴き、耳で見つめながら、ひたすらに生き抜こうとした一群の足あとを少しでも後世に伝えたいと思いたち、私はここに貧しさを省みず、稿を起してみようと思うのであります。
 

盲目の譜

人間の

ものを見るという不思議

見えないという不思議


これこそ

神の傑作・・・・

というべきでありましょう



(『ハーモニカの歌』1979年)



2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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