あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

長島愛生園  近藤宏一さん



私の反省 往復書簡「盲人の社会性をめぐって」


 先生、其の後お変りございませんか。私は失明してから約十年になりますが、最近、自分が如何にも盲人くさくなったように思えてたまらなく淋しくなります。盲人くさいと言っても、それがどんなものであるかはっきり表現する事は出来ませんが、晴眼者とは違った性格が、私達盲人に根強くしみついているように思えてならないのです。

 その一つに、私は盲人共通の欠点として、社会性に乏しい事を反省せずには居れません。社会のあらゆる問題に対する考え方や、物の見方が非常に幼稚で、しかもせせこましく、客観性に欠けていると思うのです。また妙な処に感心したり、力んでみたり、独善的になったりします。私達の世界は言葉そのものが表情ですから無意識に声が大きくなるのですが、的はずれな意見を大声で主張している姿は、あまり感心できません。またそれとは反対に、むっつりして何か自分の殻にとじこもっているような萎縮した性格になりがちです。

 このような盲人の「せまさ」というのは一体どこから来るのでしょう。新聞雑誌、テレビ、映画などのマスコミから除外されている事、生活の行動範囲が狭い為に、他人との交わりが少ないことなど、数えればいくらでもあると思いますが、私はそんな事より、もっと根本的な理由がほかにあるように思います。それは少し飛躍するようですが「劣等意識」という事です。私達が晴眼者と相対する時、見えないという条件のほかに、とかく人間的劣等感を抱きやすいのです。「私は何も出来ませんから宜しくお願いします」とか「はい有難うございます」といった言葉さえ知っておれば結構この世は渡って行けるというような卑屈な態度です。これこそ、私達の社会生活を消極的なものにし、社会的教養を阻害しているものであると思うのです。このように言えば、私はほかの盲友達に叱られるかもしれませんが、盲人くさくなった私の偽らざる告白なのです。新聞や雑誌が読めなければ、点字書籍を読めばよいと私は思います。テレビや映画の替りには、ラジオや声のライブラリーがあります。百聞は一見に如かずという諺通り、見えないという弱みは否定出来ませんが、私達の努力次第では、普通の晴眼者に負けない知識を得ることが出来ると思います。しかしそれは単なる知識であって、直ちに社会性を豊かにした事にはなりません。
 其の知識を自分のものに消火すると共に、社会的な経験によって、自分の人格を陶冶し教養をつちかうのは、その次に来る大切な問題であると思います。私は生涯きびしい重荷として背負って行くであろう劣等意識を、少しでもとり除き、誰の前でも堂々と自分をさらけ出し、正当な主張の出来る人間になりたいと願っています。
 
 長年多くの盲友達と接触し、色々お世話下さる先生から見て、私達盲人はどのようにうつっているでしょうか。忌憚のないご意見をお聞かせ願えればこの上もない喜びでございます。 
 では今日はこれにてさようなら。

(「点字愛生」第二十五号 1962年6月)



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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