あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

長島愛生園  北浜志郎さん


空腹


「お食事ですよ」

運ばれるお膳には

どれも同じ食器

同じ献立が

同じようにつがれているのに

むかえる顔と眼は

どれも同じではない


生きるための食事か

死を恐れた食事なのか

時間と時間の間だけが

食事の唯一つの理由なのか

食事のときだけ

ぼくはライを意識する


ハシが持てない手にも

お祈りはでき・・・

熱っぽい傷口が唾液をねばらせ

乾いたパンを吸いとり・・・

ひと口ひと口こごとをはさみながら

ナースの介助を受け・・・

みんななにを失ってしまったのか

なにが必要なのか


「お食事ですよ」

三度 三度

運ばれる食事をもてあましながら

ぼくは満たされない









ダルマ


小さな手のひらから

地上にころがり落ちた

ダルマは

なぜ

手や足がないのと聞く

遠い日の幼児の言葉に

窓辺に傾く夕陽の影は

黒く揺れ動いて

僕の足を立止まらせる

古ぼけた部屋の片隅で

幼児の見たダルマを

僕も見る

深い傷跡

メスのきらめきにも似た

母親の視線

その瞳の中でダルマは

立上がって語る


楽園の仲間達の

手や足を奪ったのは



ダルマの瞳に怒りへの血流が走る

社会の片隅に追いやり

今もなお

手足を奪い去ろうとする悪魔

ダルマのライ者に

その苦悩と不安


誰もが知らないであろう

幼児以外に知ろうとしない怒り

病魔 隔離 偏見 惰性

この角ばった島

厚い座布団はダルマの楽園

こけては起き

ころんでは立上がろうとする

固くぬい合わされた座布団の

四面の一針一針の糸目も

新しい脱皮への流れの中で

苦悩と渇望にすりきれながら

その生甲斐を求めて

ころがっては

明日に立上がろうとする



北浜志郎さんの略歴
1932年6月19日兵庫県に生まれる。1959年5月21日長島愛生園に入所。1984年2月21日、多摩全生園に治療のため移る。「愛生」などに詩を投稿。



2030年 農業の旅→ranking



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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