あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

長島愛生園  島田等(しまだひとし)さん


神谷先生に捧ぐ

そこに一人の医者がいた
五十年の入院生活を続けている私たちにとって
記憶に残るほどの医者に恵まれてきたわけではないが
めぐみは数ではない

そこには一人の医師がいた
「なぜ私たちでなくて、あなたが?」とあなたはいう
「私の”初めの愛”」ともあなたはいう
代わることのできない私たちとのへだたりをあなたは
いつもみずから負い目とされた

そこにはたしかに一人の医師がいた
私たちは いまとなっては真実にめぐり会うために痛み

病むことによってあなたにめぐりあい
あなたのはげましを生きることで
こうして
あなたとお別れする日を迎えねばならない

さようなら
神谷美恵子

さようなら



これは入所者の島田ひとしさんが書かれた神谷美恵子さんの弔辞(詩)である。島田さんは独学でフランス語とドイツ語を学んでおり、神谷先生が来られると疑問点を尋ねていました。詩人で理論家、患者運動にも積極的で、愛生園入園者五十年史『隔絶の里程』の中心編集者、執筆者の一人でした。(いつの日にか 帰らん P203)

神谷さんの香典はすべて長島愛生園に寄付され、自治会は「神谷書庫」を建てた。

神谷先生は精神科の先生で、今で言う統合失調症の人だけを対象にしておられましたので、普通の入所者で直接話したことのある人は少ないと思います。(P199)

先生は心臓が悪かったそうで、自分の意思に沿わないまま人生を終わらせるのは気の毒、というご主人の神谷宣朗先生(大阪大学名誉教授)の思いやりから、先生は愛生園の医官に正式に就かれ、宝塚の自宅から通っておられました。(P202)

先年、天皇皇后両陛下が長島愛生園にお見えになったとき、美智子妃殿下が神谷書庫の見学を希望されましたが、コースから外れると宮内庁が言うので行かれなかったということもありました。妃殿下が皇太子妃の頃、精神的に悩まれた時期があり、そのとき神谷先生が面談していろいろ話をされて、美智子様も立ち直られたということがあったそうで、神谷先生の著書は愛読書とのことです。(P206)

神谷先生の息子さんはストロー笛で有名ですが、この方は愛生園にも来られて、今でもご縁が続いています。(P207)


ストロー笛 神谷」と検索してみた。



2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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