あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

長島愛生園  名村好文(名村好之・長浜清)さん



自責

一片の白雲が
紺青の空に吸われて消えた


あの空に

倖せが

インスピレーションが

秘められていると云うのか

手の届かぬ夢を 空想を

無限に拡がる空に求めて何になるのだ

過去の思い出に
けり安閑として

絵筆を把らない

それでどうして

自分の生命をカンバスに傾注できるのだ

「馬鹿野郎!」

私は思い切り自分の頭を打擲ちょうちゃく
した

━━ハンセン氏病と宣告されたと同時に

   過去の私は私でない

   現在の私がほんとうの私だ

   あとの半生

   絵に生命を託した私だ━━

病の重圧が

私の生活を乱し 気力まで圧し潰した

「それは偽りだ」

数奇の道を辿った数多あまた
の芸術家を知るのだ

悲運のどん底へ叩き込まれながらも

人間性を見失わず運命を切り拓いた

彼らの揺ぎない

気魄が 情熱が 生涯が

永遠に地上に輝き残っている

「私に何が欠けているのだ」

病人という管笠を取り捨てよ

大地に

しっかりと体軀を立脚させるのだ










薬包紙に Ⅲ


皆々へ心配をかけ 苦労をかけて

未だ志成らず 業現われずして

ここ
に命尽くること

如何ばかりか口惜しく 残念なれど

諦めれば前世よりの因縁にて

小生が苦しみたる二十数年の生涯も

技能も光輝なく 水の泡と消え

此の世の怨恨と 憤懣と呪詛とを捨て

静かに 永遠の平安なる眠りに就く



名村好文(名村好之・長浜清)さんの略歴
1949年4月12日長島愛生園に入所。1969年11月29日多摩全生園に転園。愛生園では詩、絵を「愛生」に発表。油絵の勉強をしたいがために東京に転園したものの病状が芳しくなく、ほとんど入室したまま過ごし、1971年1月15日43歳で死去した。詩作は愛生時代が中心であったと見られる。遺稿詩集『過ぎたる幻影』(1971 私家版)。
 

名村さんの詩や略歴を見て、「
彼と松」という詩が頭に浮んだ。瀬戸美佐夫さんのいう「彼」とは名村好文さんではなかったかと想像したが、瀬戸美佐夫さんは1956年に亡くなられている。愛生園ですれ違ったのは7年間。


2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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