あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

邑久光明園  山川夢草さん




姿なき生命


今竹箸で拾ったのは白骨だろうか

まだほのぼのとぬくい

おおこれこそ最後の愛情かも知れない

併しもう其処には愛憎も苦悩もない

ただ灰色の塊

ああこれがかつての友か

永い闘病のかげは何処へ行ったろう

夢もなまみもこんなにはかないのか

私は白骨とともにある

併しあの日の感激はもう湧かない

咽喉元すぎたあつさのように

もう何の反応も起らない

これでいいのかも知れない

運命なんて風のように消えてゆくものだ

そうだこの白骨こそ尊い人生の墓標









氷雨降る夜


氷雨がまた一しきり来た

もう消燈の時間だろうか

もやもやとしてどうにも落着かぬ

話がもれてくるのは看護人の部屋か

静かだ まるで墓場だ それがこの病室だ

こつこつ 杖の音が闇にのまれている

「もう何時だい」

ベッドの上でしゃがれた声がする

誰れも返事をするものがなかった

「いたいた いたいよ この神経痛め」

ヒステリックな若い女の声がする

すると突然ばたばたと廊下に足音が乱れる

「やっぱりいけなかったんだなあ」

皆んなの心が一つの言葉に静まる

「私の心も」

あまだれの音が心にこたえる

私の背すじをつたっている

そうだ

私も重い荷物を背負いながら今夜のように

死んで行くのか

窓外の氷雨の音がまた一しきり

私の耳に近づいてくる

私はだまって瞼をとじようとする



山川夢草さんの略歴
1911年9月10日大阪府生まれ。園の記録では1940年5月2日光明園に入所とある。入所(外島保養院)後、文芸活動を始め、保養院機関紙「外島タイムス」の編集にも関わる。風水害後は全生病院に委託。詩のほかに評論、俳句などを「楓」に発表。1950年4月10日死去。



2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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