あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

邑久光明園  藤本トシさん


アカシヤの土堤

これもおもしろい。所要時間6~7分です。文中の丸橋忠弥と伊豆守は読解不明だが全然問題なし。


 私はその日も土堤の小草に腰をおろして、満々と水をたたえた、ま下の堀をみつめていました。生家への根強い愛着が、なんとかしてここを出ようと私をあせらせていたのです。この園の前身外島保養院へ入院後まのない頃のことでした。ところで脱けでるには寮を囲むこの堀を越えてゆかねばなりません。私の当惑は泳げぬことにあったのです。どうして渡ろう・・・。とまたもや同じ思いを繰返していた時、
 「ねーさん、なにしとる」といかにも鈍重な声が私の背にのしかかってきました。驚いてふりむく眼に子供のように小さい老人が笑いを浮かべているのです。私は心を見すかされたような気がして、黙ったままそこを離れてしまいました。その日初めて土堤の果てまでいったのです。鉄条網のかたわらにアカシヤの花が咲いていました。殆ど雑草さえない堤ですのに、これはまたおもいもかけぬ喜びでした。それからというものは私が考えをめぐらす場所は、言うまでもなくこの木のもとに移ったのです。そしていつかの妙な老人、いいえ病気のためにそうみえたのでまだそれほどの年ではなかった三ちゃんとも、いつのまにか仲良しになっていました。彼も淋しい新患だったのです。知能が常人より低いこのひとは、私の行動に疑惑の目を向けないいたって気安い友でした。並んで彼のちぐはぐな話を聞いている私の膝に、彼の肩に、柔らかいアカシヤの葉がゆれて、風のまにまに白い花がほろほろと散ってきました。よそめには平穏そのものに見えたでしょう。
 「あの・・・お京ねえも土堤へよく来るなあ」
 ある日三ちゃんがこう言いながら十間ほど先にいる人を指さしました。私もそれに気付いていたのです。瞬間、吉也(弥)に結んだ水玉の帯がかしいで白い顔がちらっと向きました。三ちゃんの遠慮のない大声が聞こえたのかもしれません。どぎまぎして会釈する私に張りのある声が「こんにちわ」と答えました。
 その翌々日、私は憑かれたもののように夜の堤を歩いていました。昼、田舟がつないであるのを見たのです。帰りたい一途、私はあたりに気を配りながら堀へと下りてゆきました。やがてへたへたと坐りこんだ私、探しても探しても舟はありませんでした。立ちあがる気力もない肩先を雨を孕んだ生あたたかい風がさあっと吹いてゆきました。その時ふと人の気配を感じたのです。息をこらす私の前方へ誰かが下りて来たのです。ぽちゃん・・・水の音が夜気に沁みました。続いてまた・・・。その人は少しずつ間をおいて何かを掘へ投げこんでいるのです。
 雨が降り出してきました。そのなかを不審の目をみはりつつ、すばやく歩いている私。前の人が戻りはじめたのです、走るように━━。遠い街灯の光に辛うじて認め得た姿、それはお京さんだったのです。
 四、五日後、私は夾竹桃が影をうつす池のほとりでお京さんと話していました。
 「あなたはこの頃ちっとも土堤へ来ないのね」
 「もうその必要がないのや」とお京さんが答えました。
 「どうして・・・」
 「わて・・・実は逃走しようと思うてな、その場所を探していたのや。母が急病と聞いた日から・・・。けどその心配は解消してしもうた。あぶない橋渡らんでほんまによかったわ」。いかにも明るい彼女の微笑でした。よい折、私はおもいきって先夜のことを聞いてみました。
 「えっ、あの時見てたのあなたやったの・・・なら驚くのやなかった。でもあんな時分、あすこにいやはったとすると・・・あんたもやっぱりお仲間やな。つねからどうも臭いと思うた」。大笑いするお京さんにつられて私の口も心も軽くなってきました。
 「水に何を捨てたの、幾度も」
 「捨てたのやない、測量や」
 「測量・・・」
 「経験者のおつたさんに一番浅いところ教えられたけど、どのくらいかわからへんよって計ったのや」
 「まあ、丸橋忠弥ね。それで石を投げただけでわかった」
 「あほらしい。伊豆守が声も出せずに慄えていた堀端やないか。そんな気のきいた丸橋かいな。瓦のかけらを炭俵の縄で結わえて、それをほうっては濡れ具合をみてたのや」。こうして次の日、密かに出るしたくをしていた時思いがけぬ面会。病後のやつれが残る母親だったのだそうです。私はその夜眠れませんでした。話の末に、
 「脱出するなんて、わてもあんたも真剣に家を愛しておらんのや」と言われたお京さんの言葉が、胸に刺さってうずくのです。覚めかけた内奥の心が嘆きに徹しよう・・・とおずおず囁きはじめるのです。海に向った庭隅で地虫がしきりに鳴いていました。
 幾日かの後、久しぶりに行ってみた土堤。私は出ることを断念していました。にもかかわらずぼらが跳ねて涼しい水輪を描いた時、いつしかそこへ下りはじめていました。「一番浅い所」のあたりだったからです。しみじみと眺めているうち、少しばかりの蘆の根にからんでいる縄の端を見つけました。私は水に手を入れて引き上げてみました。捨ててきたと言ったお京さんの測量機だったのです。縄のところどころを布で結んで目盛りがしてありました。
 「ねーさん、それなんや」。計ってみたい衝動にかられて、さっと瓦を水中に投げ入れた刹那でした。この声を聞いたのです。びっくりした手から縄の端が飛んで堀へ沈んでいきました。
 「それなんや」。再び土堤からの声、三ちゃんなのでした。澄んだ空にほのぼのと夕月が浮かんでいました。安堵の息を深く吐く頭上に、伊豆守がみたびの声を張りました。
 「アカシヤの花、みんな散ってしもうたぞ」



2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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