あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

邑久光明園  朝田稔さん


面会


キットン キットン

松葉杖でいく

老父が 来たから 面会にいく

衰えた体を乗せて

私の松葉杖が哀しい唄うたう

「お前は みのるじゃないんかい」

おろおろ声の それはまさしく

老父の声

それはまさしく六年振りにみる

老いた老父の顔

「ビョウキが重って 
     お父つゝあん」

私の目頭 あつかった








鉄道地図


ふと手にとった 鉄道地図

見つめていると

捨てて十年になる 古里の姿が

瞼に 熱く 浮んでくる

そして赤く引かれてある鉄道線路が

懐郷となって 炎のように

私の胸を 焦すのだ


停車場の 木柵に 凭れて 汽笛の音に

そぞろに胸を高鳴らせ 見知らぬ旅の空を

たのしく夢見ていた あの少年の日の感傷が

いま 若草のように

ほのぼのと 匂うて来るのだ


ああ古ぼけた歳月と 涙に 汚染れた 青春を

こころの底深く 秘めて

じっと 鉄道地図を 見つめている


朝田稔さんの略歴
1916年3月28日福井県に生まれる。1930年3月3日外島保養院(現・国立療養所 邑久光明園)に入院。戦時中、園の機関紙「楓」に詩や評論を発表している。1944年12月3日死去。

 
朝田稔さんは戦時中に28才の若さで亡くなっている。「面会」と「鉄道地図」の2つしか掲載されていなかったが、「面会」という詩だけで、不滅と思う。


2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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