あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

邑久光明園  秋田穂月さん



生き恥という名の証明


ぼくは

ぼくを産んでくれた母を

恨む


ぼくは

近所の人々の目からも

のけものにされ

友人からもうとんじられ

故郷のすべてが

ぼくを

見捨てた日々を憎む


くる日も

来る日も

ぼくが

最も望んでいたものは

死神からの招待状だった


両手は神経麻痺でぶらぶら

足の自由も喪失してしまったぼくは

鏡の中の

自分自身に

唾を吐きつけながら

泣いた


熱い味噌汁を啜ると

唇の皮が赤くはがれた

朝の食事━━

ぼくは

もう朝も昼も夜も

いらない人間になりたかった


このやり場のない

見捨てられた悲しみを

涙と同居させながら

また朝を迎えるのだ

<武の病気は治らんのやったら
島の療養所に行ったって一緒のことや>


それよりか死んだ方がましやのに・・・


と近所の人々の陰口が

ぼくの耳に突き刺さる

五十年前の

「死んだ方がましや」と

囁かれた日々が甦える

ぼくは

ハンセン氏病を告知されて七十年

七十年の頭陀袋ずだぶくろ

死を一杯詰めて

よろめきながら

今日も歩いているのだ

ぼくが

一歩あるくたびに

頭陀袋の裂け目から

死神がからからに渇いた悲鳴をあげるのだ

今日も明日もぼくの命がある限り


この命のある限り

いや命果てても

蔑みの重荷を頭陀袋に詰め込んだまま

冷え冷えとした姿で歩き

生きている苦悩をまた一杯

頭陀袋の紐がぼくの両肩に食い込む

それでもなお

ふるさと人が恋しくそれでもなお

幼な友達に逢いたく

ぽろぽろ涙が落ちるのだ

この苦い雫を

そっと舐めるのだ


<死んだらあかん>

生きとらなあかん

「生きとったらきっといいこともある」



両眼を失った老人が

ぽつんとぼくに云った・・・

その老人も逝った━━

<死んだらあかん>

「生きとったらきっといいことがある」

ぼくの頭陀袋の中から

今日も

盲老人の声が聞こえるのだ━━









姉やんの土産



杉 檜 欅 檪 楢

栗の木等々に囲まれていた


ぼくの故里は伊勢の山奥・・・

石ころだらけの坂道を歩いて半時間

やっと学校にたどりつく

姉やんが学校から帰って来ると 
 
「武、お土産」と言って

ハンカチに包んだ弁当箱をぼくにくれる

弁当箱を開けると

姉やんが食べ残した飯がどんぐりより

ちょっと大きい形の悪いおにぎりとなっていた

ぼくはパクリとそれを食べる


楽しみの姉やんのおにぎりは

ぼくが一年生になるまで続いた・・・


・・・その姉も逝って十五年


ぼくももう八十歳


死んだらわき目もふらず行く所がある
 

父やんは

黙ってうなずくだろう

母やんは

お帰りと言うだろう


姉やんは 幼い日と同じ顔で

「武、お土産」と言って

ハンカチに包んだ

弁当箱をくれる━━。 



2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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