釣り糸
電光のように魚が食いつく
このときこそ糸の私はぴいんと張り
ひたすら魚の意のおもむくところを追究する
広い海の中で出会ったたった一匹の魚と
釣り糸の偶発的な出会い
どんなに多くの魚がいようとも
糸の先につながる魚と
魚につながる糸とただ一点にしぼられ
いま在ることを互いに知らしめられる
魚が深く入れば糸も深く入り
逃げようとすれば
するすると老獪に糸ものび
もはや逃れることも逃すことも出来ない
関係になってしまったひとつの課題
やがて互いに疲れきり追い切って
海の面にひき上げられ
糸と魚の共存ははずされる
虫
闇の神聖の中できわだつ声
凄絶に遂げる生を謳歌するのか
無我夢中の世界にいて
産みおとした新しい生命の傍に
かたくなるのか
無慈悲な自然
あるいは優しい自然は
そうして生命を絶やすことをせず
死に絶えるものから生きかわるものをひき出す
おまえ達は
一年という周期に立ち会わされた
自然の食欲であり排泄である
悲哀か賛歌か
虫が鳴いている
人は鳴いているとしか表現できぬが
いのちの声がきこえてくる
言葉の核
美しいものを美しいと
暗いものを暗いというだけ
このたんじゅんなことを表すために
どれだけ労して言葉を選ぶことか
どうしてどんなふうにどんなにといつもくる問い
それはあらんかぎりの言葉を集めても
説明できないのに
いつでも不用意に全くかんたんに
明るいと美しいと暗いと言うのだ
そして私はそれらの言葉のそばでうずくまり
もやもやとした周辺を彷徨しどもり
あるいは肉付けを少ししたりする
けれどもやはりどう言えば
やんごとない人の裸を見るように
まばゆい言葉の核をつかむことができるのか
手にあまる宿題を課せられた生徒のように
すくわれがたいものを見る
倉
詩集 手紙 雑誌 ハサミ ペン 辞典
ざっと見渡しただけでも
書きこみきれないほどのものを
このせまい机の上だけにでも置いていて
わたしはいまそれらと共に灯の下に在る
けれどもこの夜更け
灯を消したら
私の存在すら他からは見えない
闇は
この多くのものを
一度にその大きな倉の中におさめる
ああ自然が作る闇の倉にくらべたら
人はどんな大きな倉を作ってもかなわない
私達は灯をつけなければ
その闇の倉に貯蔵され
互いに互いを目でたしかめ合うことも出来ないで
ころがされ
闇が扉をひらいた朝はじめてすべては
生まれたときのように新鮮に
現れるのだ