食欲
それは
何本の植物の
何匹の獣の
何尾の魚の命
胃袋は死体埋葬所である
しかし
この厳粛な葬儀は
私の生を支える
生命の始発点で
美しく料理された野菜や肉に箸をつけるとき
私は
ただおいしいと思っているだけ
食欲という愛しくも楽しい欲に幻惑されて
いけにえの痛みに思いを至らすこともない
これは
何物が私に与えた麻薬だろう
そして
生きている限り
私は毎日
自分の生への祝福のうちに
葬儀をすます
血のしたたる肉と
光をはじく野菜を
口の端につけながら
生きて
浮かんでいた波がしょうしょうとひくと
くらげはぺしゃんこになって
渚にとりこのされた
ひとりになって
自分をあまやかしてくれた優しい波のことや
もはや
その波がなくては生きてゆけなくなっている
自分のことを考える
砂にまみれてぶかっこうなこの時間
波が満ちて再び
自分を包んでくれたらなにもかも忘れて
やっぱりあのように
ふわふわとおよいでいたいと思う
それ以外にどんな生もないのだ
すきとおった自分の中の海を熱くあつく
見つめながらくらげはどうしようもなく
ひとりであった
いちじく
なまりのように重い暑さを扇風機がかき廻している
厚ぼったく茂った木々の間で
蝉がじんじん鳴いている
ひまわりはこくびをかしげたままいくぶんしおれている
夏は日々うれて
私は思い出の夏をその夏の上に重ねる
小川のそばのいちじくを手にいっぱい
もぎとって食べた夏
海でしぶきを上げながら泳いだ夏
少女の日の健康な夏は光り
そしていまそのさまざまな
思い出の夏を見ている
畳の上に
どさりと体をよこたえたまま