あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

長島愛生園  近藤宏一さん


点字


ここに僕らの言葉が秘められている

ここに僕らの世界が待っている


舌先と唇に残ったわずかな知覚

それは僕の唯一の眼だ

その眼に映しだされた陰影の何と冷たいことか


読めるだろうか

星がひとつ、それはア

星が縦にふたつ、それはイ

横に並んでそれはウ

紙面に浮かびでた星と星の微妙な組み合わせ


読めるだろうか

読まねばならない

点字書を開き唇にそっとふれる姿をいつ

予想したであろうか・・・


ためらいとむさぼる心が渦をまき

体の中で激しい音を立てもだえる

点と点が結びついて線となり

線と線は面となり文字を浮かびだす


唇に血がにじみでる

舌先がしびれうずいてくる

試練とはこれか━━

かなしみとはこれか━━

だがためらいと感傷とは今こそ許されはしない

この文字、この言葉

この中に、はてしない可能性が大きく手を広げ

新しい僕らの明日を約束しているのだ

涙は

そこでこそぬぐわれるであろう 






うしなった眼


うしなった私の眼は

こんな所に落ちていたのか


月の出の

誰も知らない浜辺の砂のうえに

それはこぼれ落ちた流れ星のかけらのように

青く透明な光をはなちながら

遠い月をじっと見つめている


誰がこんな所へ捨てたのか

深い闇の世界を私の心に残したまま

病み疲れた肉体のすき間から

容赦なくうばい取られていった その眼


あの日の激しかった痛みも

長い長い苦しみの影も

縫い合わされた瞼の裏に

まだ

こんなにもはっきり残っているというのに


諦めきったはずの

なお諦めきれない悲しみの手が

どこからともなく そっとのびてきて

私のその眼を拾いあげようとする

だが 波は

遠い日の歌を奏でながら打ち寄せてきて

その手をさえぎろうとする


やがて

月が中天に冴え渡る時

私のその眼は 貝がらになる



近藤宏一さんの略歴
1926年大阪生まれ。1938年、11歳の時に長島愛生園に入所。子供時代から詩や作文を書き「愛生」、「綴り方倶楽部」などに発表。戦後、赤痢病棟の介護に従事した際に赤痢に罹患、ハンセン病が悪化し、失明、四肢障害を負う。わずかに知覚が残された唇と舌で点字を学び、盲人の仲間とともにハーモニカバンド「青い鳥楽団」を結成、楽長をつとめる。長島詩話会に参加し「裸形」等で詩を発表するほか、「らい詩人集団」同人として活動。晩年まで各地の学校、集会等でハーモニカの演奏、講演活動を行う。2007年、英国救らいミッションがハンセン病問題の啓発に貢献した人物に贈るウェルズリー・ベイリー賞を受賞。2009年10月5日没。



2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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