あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

栗生楽泉園  朴 湘錫さん


連絡船(一)

オモニ

まだ僕は生きています

釜山のこの埠頭に立って

もう忘れてよい筈の過去

その記憶を

懸命にたぐりよせています

オモニ

あなたと

僕を乗せてくれた

あの連絡船は見当りません

多くの

涙と悲しみが沁みている筈の

釜山の港

すっかり近代ビルに化け

僕の思い出の上

どっかと

あぐらをかいています


オモニ

あの場所はどの辺だったろう

渡船の書類を大切に持ち

よごれた風呂敷包をかかえた

あのみすぼらしい行列

はねられて哀願する者

ひきずり出されて

泣いて、わめく女がいました

幼い心の怯え

不思議と甦って来ます


オモニ

あなたが教えてくれた

いま一本の通路

あの道はどの辺だろう

泣き叫ぶ女を流し見て

フリーパスで去っていく道

僕たちは通れない道、と

オモニが云う

なぜ?

いつまでも

幼い心は追っていった







連絡船(二)


西陽を受けて

観光船の白い巨体が入って来た

深々と体を沈めて

貨物船が出て行く

にぎわう釜山港

埠頭に立つ、かつての少年

遠い遠いむかし

母に手を引かれて乗った

あの時の連絡船はどこだろう


あの場所はこのビルのどの辺だったろう

気力を失った長い行列だった

疲れた顔をしていた

悲しく

不安な顔をしていた

ふるさとを捨てる悲しみなのか

それとも

明日に生きる不安なのか

植民地、という

衣をつけて

闇をさぐる新しい日本人


心もとない足どりで行列は進む

生きることへの苦悩

肉親との決別

諸々の涙を積んだ連絡船

僕はお前を忘れない

古傷の痛みではない

とてつもなく

お前が懐しいのだ
 

朴湘錫(星政治/本名・朴錫相)さんの略歴
1919年5月23日、韓国慶尚北道義城郡北安面に生まれる。1944年3月3日、栗生楽泉園入所。2002年1月31日死去。合同作品集に『残影』(1973 私家版)、合同作品集『トラジの詩』(1987 晧星社)がある。


2030年 農業の旅→ranking



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在64才、農業歴28年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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