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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

家庭菜園の引き継ぎ

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 止まり木にいるのは、いつものニワトリ。



田んぼの宝物 カエル

 カエルの減少は田んぼだけではなく、地球規模で起こっています。水と陸の両方を必要とするカエルに必要な豊かな水辺環境が失われてきています。また、カエルは皮膚呼吸をするために、酸性雨や水の汚れ、オゾン層の破壊による紫外線などの影響を真っ先に受けてしまうのです(農業新聞)。

 現実にカエルが少なくなったら、「無農薬」はかなり難しくなる。

 
 サツマイモは中米メキシコ付近の乾燥地が原産地であり、1600年代に日本に渡来した。徳川吉宗の時代に青木昆陽の進言によって広く全国に伝播し、天明の飢饉では多くの人々を救済した。
 第2次世界大戦中に、多くの人の飢えを救ったのもサツマイモだった。サツマイモの特筆すべき特徴は、「茎を挿し木すれば芋が入る」ということである。ボクは農業を始める前「サツマイモは挿し木」ということをすっかり忘れていた。それくらい農業とは縁遠くなっていた。



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 当地の「ため池」はいつ頃作られたのか知らないが、画像の正面の半円形の山(城山)が、池の堤防を支えるような形に、堤防の真ん中ある。
 45年前まで、この山の南斜面の20アールほどの畑で「葉タバコ」が作られていたとは想像もできないくらい、今は元の山に戻りつつある。
 

 
   かつて、ほとんどの農家は「かやぶき屋根」だった。すっかり忘れていたが、我が家にも45年ほど前まで「かやぶき屋根」が一つだけ残っていた。当時の我が家には納屋が二つあり、一つが「かやぶき屋根だった」。
 昔はどこの集落にも、「かやぶき職人」のような人が何人かいたのだろう。
 炭焼きも昭和20年代の末頃までに、ほとんど廃れてしまったので、今は「炭焼き職人」もいない。

 そんな技術職人が今の世の中では必要とされないので、それを引き継ぐ人もいなくなった。

 在来種や固定種の種取りも、誰もしなくなった。

 家庭菜園は技術と呼べるようなものでないが、野菜は温度や気候の関係で1年に1回しか作れないものが多いので、3回の経験をするのに、3年もかかってしまう。
 だからもし、教えてくれる人が身近におれば、その人の経験年数だけを受け継ぐことができる。こんなに得することはない。
 だから、たとえ家庭菜園でも、引き継ぎがなければ、この国にとっては大きな損失になる。


(ドイツの有機畜産農家)
 
 50ヘクタールの農地で有機小麦を作り、乳牛40頭をはじめ、豚12頭、羊20頭、鶏150羽を飼育。糞尿は土に還元する。肉はハムやソーセージ、生乳はチーズに加工して敷地のレストランで提供し、地域の人たちが食べに来る。「自産地消」で経営がまわる。だから飼料高の影響など全く関係ない。(農業新聞)
 日本においては、2ヘクタール(1ヘクタールは借地、今なら借地料はほとんど無料)の土地で、黒牛(肥育牛)1頭もしくはヤギ2頭、鶏30~40羽、麦類20アール、野菜30~40アール、多種の果樹10アール、物置と畜舎2アール、牧草地130アール)で、「有畜小農複合自給」的な有機農業が、地域内(自分の農場内)で循環する。
 これくらいの規模なら夫婦2人で楽ににまわせるし、顧客さえ安定すれば手取り年収200~250万ほどにはなると思う。

 自給できる肥料の範囲内で作物を作り、
 自給できる飼料の範囲内で動物を飼う、

 この二つは特に重要と思う。

 


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp
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