FC2ブログ

あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

1954年「光の杖」の詩人たち  橋本正樹さん




春は

抱擁される季節だ

美しい月があるからだ

夜々の庭木が濡れているからだ

一枚のタオルも濡れるからだ

浅い宵星

話しがある ロマンスがある

夜空がある

金星がある

浴槽がある

いのちがある いのちを燃やす

窓がある


春はやっぱりいい

抱擁される

季節だからだ







春の標識


いそ山の

いばらの刺から


岩の裂目の牡蠣がらの

貝から


くずおれたあし

こぼれた とびの羽根など

そんな中から


しめやかな 春がやって来るのに

違いない


今日いちにち

砂山に隠れて

私は静かに前方を見る


ふしだらけの

明るい景色の中には

そそり立つような黒いからす

脚が垂れさがり

聴き澄ます耳もとには

なんとも云えない

幽閉された 大きな力が

こみあげて来るようだ


それが人々の呼びあう

春と云うものであるかも

知れない


そう云えば

私の頬先にふれた

風のなかには

たらの新しい芽刺が

あかるい光を保っている

春の季節はもう十分に

私のあしもとに拡がっているのだ


砂山に崩れてもくずれても溜る

白い貝殻族よ


明日はきっと柔かい春風が吹いて来て


わたしたちのたましいの一つ塚を

濡らすのに違いない


橋本正樹さんの略歴
1912年10月28日石川県に生まれる。1929年5月5日、外島保養院に入院。詩と俳句に没頭した。俳句は橋本秋暁子と号し、戦後の俳句会の中心的存在だった。詩作は1941年頃から始めている。1955年春に片足を切断。1986年1月27日死去。没後、夫人藤本トシの文学碑の近くに「秋暁子亭」と名づけた東屋を遺金で建立。

「橋本正樹さんは藤本トシさん(1901年生れ)の2度めの夫です」

藤本トシさんの著作「地面の底がぬけたんです」に、その間のいきさつが書いてあります。
 
 『いやあ、恋愛ってほどのものじゃあありますまいねえ。もちろん、ぜんぜん嫌なら結婚しないでしょうけれど、とにかく、十八も齢はちがってたんですから・・・ただ、不自由だろうと思いましてね・・・。
 その人とは二十九年間つれそいました。山田法水といいましたけれど。
 二十九年間といいますけど、その途中で、あたしが目を失いましたろ、目の悪い人の不自由をみてお世話するつもりになったんでしょ、そのあたしが目を失ってしまって・・・。 
 そこからが、あたしの本当の修行が始まったんですね。それまでは、どんなことでもつらいとは思いませんでしたけれど・・・あれからが、あたしの、頂上の修行でした。
 ともかく、その人を送ることができまして・・・。
 この病気は、どこもかしこもみんなしびれてしまいますけど、舌だけは麻痺しない。あたしも目を失くしてからは、ほんとにそれで助かりました。特におじいさんが病んでからは、なんでも噛んで食べさせてあげるのですが、硬さも熱さも、みんな舌があってこそね、わかるのですから・・・。だけど、入歯を洗ってあげることができなくなったのはつらかったです。ですが、これも舌に助けられたんです。
 入歯を洗うのは、他人さまには頼みにくい。いえ、お願いして、やって下さらないことはないのですが、他人の入歯を洗うというのは、気持のいいもんじゃありませんです。あたしはこのとおり、今も入歯をしたことはありませんけど、おじいさんのを長年洗っていて、これはなかなか、他人さんにお願いできるようなことじゃないってわかってますから。あれはいけませんですよ。
 というのは、食べカスがついたりしてて、ヌラヌラしてますでしょ。それをあたしは目がいい時は、ブラシの硬いので何回も何回も洗いましたけど、目が見えなくなると、ブラシがあってもこすられんのです。すぐ落とすんです。手が麻痺してますから、持ってるものやらなにやらわからなくなるんです。目が見えなくなってわかるのは、それまで目でこすってたんですよ。目で持ってたんですよ。手でこすったり持ったりしてたんじゃあないんですねえ。
 それで、しょうがないから、あたしは、自分の歯でみんなカスを取って、そして舌でさぐってみて、これでどこにも汚れはない、みんな取れてると確かめてから、おじいさんに入れてあげました。これは、あたしが目を失ってから九年間、やりとおしました。
 その九年間が・・・。
 だけど、臨終の時、ひと言、おじいさんがあたしを拝みましたのでね、もう・・・苦労は忘れました。この人(橋本正樹氏)は、当時、隣の部屋にいたんです。この人はその時分から、あたしのしてきたことを、一部始終しっています。おじいさんが死んで一年経ってから、こんどは逆に、あたしのめんどうをみてやろうと思ってくれたんでしょうか、一緒になることになりまして・・・。』


2030年 農業の旅→ranking


このページのトップへ

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

最新記事

最新コメント

カテゴリ

カウンター

QRコード

QR

検索フォーム

月別アーカイブ