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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

農業という「逃げ場」

サラリーマンなら、好むと好まざるにかかわらず、携帯が必須になるだろう。

農業者なら持たなくても生活できる。たまに必要な時(人との待ち合わせ)は、家人のを借りていく。

組織をドロップアウトした時、もしくは失業した時に、受け皿として、サラリーマンではない独立自営業をすることができれば、どんなに楽な気持ちでおれるだろう。たいした収入にならなくても手取りが150~180万になる自営業があれば、生きていくことにそう苦しめられることはないのに。

たった50年ほど前までは、農業という自営業者が、職業の半分近くを占めていたのではなかろうか。

今、農業をすることは、農家の跡取りであっても、かなり高いハードルになっている。

サラリーマンに挫折した時、農業という「逃げ場」があればどんなに救われるだろう。自分は救われた一人である。

農協や行政は、150~180万になる農業をきちんと提示する、もしくはマニュアル化する必要がある。確実に150~180万になるなら、現役世代の農業者人口はすぐに10倍ほどになるだろう。たった100万にもならないから、大多数の人は農業を選択できない。

農業の雇用ではなく、独立自営ができる農業でないと、農業をする意味もない。

現在の社会で、独立自営業のできる人が現役成人の5%もいるだろうか。

職業の選択肢が、組織人(サラリーマン)しかないという救われない状況が現在の日本社会である。そんな社会はある種のファシズムであり、うつ病や自殺が減ることはないだろう。

文化や科学や社会の進歩が人間を苦しめている。

もう一度、土の上に戻るしかないと思う。大地の上で考えないと、「環境」も「農業」も「精神の自由」も「人間の解放」も「疎外感からの脱出」も、なかなか身に迫ってこない。

土の上に戻ること(農業をすること)が、なぜこんなに難しくなったのだろう。

それはニワトリを見ればわかる。

50年前までは集落のどこの家にも庭先や軒先や納屋の一角で10~20羽ほどのニワトリを飼っていた。それが40年ほど前にはすでに庭先からすっかり姿を消してしまい、ケージという身動きもできない(後ろにも向けない)小さな檻の中に閉じ込められるようになった。

理由はいろいろある。衛生的、管理がしやすい、効率生産、大羽数飼育が可能。つまり資本主義が発達すればするほど、ニワトリという生き物としてではなく、卵を産む機械という扱いをされるようになった。

人間もニワトリと同じように資本主義に取り込まれてしまっているので、人間という生き物ではなく、管理がしやすく、効率生産(少量生産という農業から大量生産という工場労働へ)、大人数教育(管理が簡単で経費がかからずコントロールしやすい)という、物品(ロボット)扱いをされるようになった。

物から人間に戻るには、大地の上に帰るしかない。

しかし、生まれたときからすでにサラリーマン家庭が多いので、大地がどんなものか全く知らないし、わからない人も多い。

資本主義(組織人)から離れて、自給自足主義(独立人)として自然の中に戻るには、必要最低限の文化的生活を保障される生活保護費程度の支援が必要である。つまりベーシック・インカムという最低限の保障のある資本主義に変えていくことが緊急の課題である。

あらゆる補助金を、平等なベーシック・インカムにまわせ!


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昨日切り倒した「生木」を今日は一日中燃やした。生木でもいったん火力がつけばよく燃える。夕方、焼き芋をした。

いろんな木の葉があったので、少しずつヤギに与えた。好きなものなら食べるだろうし、毒になるものは本能的に避けるだろうと思った。

 
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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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