84万円ほどの年金がもらえるようになる65才までは働いて、その後は自分のテーマ(山村、県境の村、棚田)を追っていこうと思う。
質素にすれば生活はまわっていく。テーマを追求するにしても、半径50キロ内を想定しているから、日帰りコースである。
我が家は一人一人の独立採算制(ライフラインの支払いも今は分割している)だから、とにかく自分の生活費だけの収入が入ってくればよい。
病気とか突然の災害などは考慮に入れていない。言うなれば「その日暮らし」である。考えたらきりがない。
とにかく、65才までは何とかして80~100万円ほどは稼ぐ必要がある。
農業ではこの金額がなかなか稼げない。
働きたくても、働く場所がない人も同じ。
働きたくても、自分に向いた仕事に出会えない人も同じ。
働きたくても、病気や怪我で働けない人も同じ。
働きたくても、最低賃金に近い所でしか働けない人も同じ。
働きたくても、子供や両親の世話があり働けない人も同じ。
当然権利があるのに、生活保護ももらえない人も同じ。
65才になってからではなく、0才から65才までの一人一人に一律に80万円ほどが支給されたら、精神的にどんなに楽だろう。
生きるために最低限必要な「基本所得」は保証される必要がある。
仮に来年から80万円ほどがもらえるようになったとしても、出荷農業を止めてすぐに「自分のテーマ」を追い求める生活に入ったりはしない。
切り替えようとしている農業形態を少なくとも5~6年はしようと思うし、害獣との闘いは今始まったばかりだし、次の世代に少しは参考にしてもらいたいという気持ちもある。この期間を通過せずにパスしたら、追求しようとするテーマに深みが出ない。
65才になってからではなく、現役世代にも一律に80万円ほどの現金が支給されるなら、山村に入って自給自足的な農業を始めようとする人が飛躍的に増えると思う。現在の社会状況や生存環境に多くの人はすでに懲り懲りしているだろうから。
こんな人たちが、日本の食や、里山の風景や、里山の環境を守っていく。
開発や整備はもういらない。開発や整備は便利や快適性ではなく環境破壊である。
農業補助金の使い方が完全に誤っていると思う。20世紀型農業者に補助金を投入するのではなく、小規模、里山保全、自給自足的21世紀型農業者に補助金を投入していくべきだと思う。
もしベーシック・インカムが早急に導入されたら、いわゆるロストジェネレーション世代(30代)の雇用問題が大幅に解決に向かうし、農業問題が大きく改善されるし、環境問題も改善に向かう。まさに3拍子そろって解決に向かうだろう。
『月8万円を国民全員に支給するというベーシック・インカムの試算を手がけた京都府立大の小沢修司教授は「都会の非正規雇用の現状を見ても、働いたその収入で生活できるという資本主義の前提はすでに壊れ、安定した雇用がいつ不安定になるかわからない。そんな時代に社会保障制度の機能不全を解決する根本的な発想の転換策なのです」と説明する。
ベーシック・インカムを導入すると、配偶者控除や扶養控除などの各種控除が不要となり、年金、児童手当、生活保護など社会保障の現金給付分が全てベーシック・インカムに一括され、膨大な行政コストも不要になる。
先の定額給付金は1回限りだが、「全員が国から現金給付を受ける」感覚を身近にしたとする指摘もある。
人口約5400人、長野県南部に広がる美しい中川村の村長は、ベーシック・インカムが過疎に苦しむ村を救う策になりえるのではと関心を持つ。グローバリゼーションに翻弄され、生きるためにギリギリで働く都会の若者と、効率主義の経済優先の中で切り捨てられている農村の高齢者の問題は根が同じ。
基本的な生活保障があれば、多様な人間が多様な場所で多様な暮らしができ、生きる選択肢が広がる。都会から農村へも移住しやすくなる。「食うために田舎を離れるというギスギスした状況が緩和され、過疎の村でも手を差しのべ合うゆとりもできる」と期待する。』 (以上朝日新聞9月12日。再度掲載させて頂きました)
農業者戸別所得補償制度等、農業関連の補助金は莫大であるが、ますます混迷の度を深めている。前政権よりはるかにましであるが、解決の道にはほど遠い。補助金の大半は単なる「ばらまき(無駄)」に終わるだろう。
農業関連の補助金は全廃してその全てを、山村へ移住して自給自足的農業を希望する20代、30代、40代にベーシック・インカムとして年間80万ほど支給する。これこそが、食糧問題、環境問題、雇用問題を同時に解決する唯一の道だと思う。
20世紀型の大規模、機械化、単作、農薬や化学肥料を多投する農業から決別して、21世紀型の小規模、環境、風景、少数の家畜、循環的農業に切り替えていく必要がある。