FC2ブログ

あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

大島青松園  政石 蒙さん



枯野の駱駝


(1ページ半です)

 枯れ尽くした曠野の一角に佇む駱駝の姿は、最も自然であり立派である。もうそこには、真紅の衣を着た乙女を背にして色褪せて見えた駱駝のみすぼらしさはない。動物園の柵の中で鬱屈している駱駝の惨めさなど無論ない。
 自然は駱駝のために存在しているようにすら思われるのだ。冬の到来に備えて脂肪の充実をみせ、背の双つこぶはエネルギッシュにふくらみ、夏の始めに毛を刈りとられて薄ぎたない紫斑を浮かせていた肌には柔毛がふっくらと生えて、陽光にふれると金色に輝く。風に向って立つと金色のさざ波がたつのだ。自然と駱駝は混然と溶け合って、ただもう美しい。常にはみすぼらしい駱駝にも生の尊厳を感じさせるときが存在するのだ。
 ”こんな私にも、何処かに、生の尊厳を意識でき得る場があるかも知れない”
 と私の心を動かせるのだった。らいを患い、人の生活から遠ざけられて、生きようとする意志を喪いかけていた私に、希望のようなものを与えてくれたのは、秋深まった枯野に立つ駱駝だった。

 動物園の柵越しに、私は駱駝の鼻面を撫でていた。あの外蒙古の駱駝たちは、茫々と果て霞む曠野で駱駝らしい生を続けているに違いない。この虜れた一つこぶの駱駝の眼底には、暑い砂漠や緑のオアシスがいまだに残っているのではないかと心が熱くなるのだった。
 異国の病院で隔離生活を余儀なくされたことも遠い日の出来事になり、いま私は一日の行楽を許されて、島の療養所から出てきて動物園の駱駝の傍らにいる。そして、かつて私を慰め力づけてくれた駱駝たちを偲んでいる。いまになお私の足下には曠漠たる原野がひろがっている。あのころの孤独とは異質の孤独も味わっている。苦しみもある。しかし、私の心の中にあの日の駱駝たちが棲んでいる限り、私は自分の生を忠実に生きられるような気がするのだ。

(おわり)

政石蒙さんの過去記事


2030年 農業の旅→ranking


このページのトップへ

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

最新記事

最新コメント

カテゴリ

カウンター

QRコード

QR

検索フォーム

月別アーカイブ