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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

栗生楽泉園  秩父明水さん


癩新薬プロミン予算復活を願ひて断食の祈祷決しぬ




プロミンにて嗄声癒えたる友のこゑわが聴覚を驚かしめつ




いのちなきものと思はず朝開き夕べは閉づる花にふれつつ




盲われの歌に写像のなきことを指摘さるるを頭垂れて聞く




二十年病みて盲目となりし身のたはやすく今は涙流れず




二十年癩にし盲ひありありて今若草の妻と添ひ寝る




術もなき吾が愛欲の衰へを言はざる妻に看とられ居りぬ




盲ひしを幸と思はねど霜凪のこの安らかさ日の中をゆく




感覚のしびれし指に触るるもの皆よごれものの如き感じなり




咲きさかる花のけはひは盲わが五感をこえて夕べしづけし




衰へか救ひか知らず年古れば癩病むことも沁みて嘆かず




抹消神経痲痺し尽して生きてゐる日日を丸太のやうに冬籠る




麓まで白き浅間を告ぐる妻の面さへしらず吾は添ひゆく




人手より人手に育ち来し妻の時にあどけなく吾にあまゆる




盲導鈴こはれし角より四十五歩左に曲り百歩と記憶す




便り絶ちて病む吾みむと麦蒔終へ湯治よそほひ兄の来りぬ




自殺者を讃ふる如き口吻も一期のはなむけと黙して聞きつ




雪風に半日吹かれ屍色に変色せし手を人に言はれをり




給食のマカロニうまし故郷のほうとうに似しこの舌障り


秩父明水さんの略歴
明治41年2月17日埼玉県生まれ。昭和7年聖バルナバ医院入院。7月24日受洗。昭和10年病状悪化して失明状態。11年「アララギ」入会。点字習得。昭和12年5月から斎藤茂吉の指導を受ける。完全に失明。昭和16年4月24日バルナバ医院解散に伴い栗生楽泉園入園。昭和20年「アララギ」復刊とともに土屋文明に師事。「新泉」「潮汐」「高原」で鹿児島寿蔵に師事する。昭和25年4月君代と結婚。昭和39年群馬県文学賞短歌の部受賞。昭和42年没。『高原歌集』(昭和12年)『雲遊ぶ山』(昭和31年)『盲導鈴』(昭和32年)『山霧』(昭和41年)『三つの門』(昭和45年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)
 
 


2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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