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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

菊池恵楓園  芝 精さん


あその麓に


眼球銀行の発足したれば真先に角膜受給の申請をせり




身体障害者手帳受けむと醜きわが顔の写真を今日は撮りたり





古里の阿蘇が見えゐし庭なれど盲ひては遠くおぼろとなりつ




盲ひわが無菌となりてつつがなく過せるいまも帰る家なし




幾度か命絶たむと思ひしに盲ひとなりて二十年過ぎぬ




この朝は吹く風寒く窓鳴りて視力なき眼に枯野がうつる




皮を剥ぐ指の失くして両の手に蜜柑を抱きわが口に寄す




訪れし兄と妹が眼の見えぬわれにわかりて涙こぼすらし




盲ひには盲ひのよさがあると言ひ逃ぐるが如く君去りてゆく




足病みて這ひ廻るこの二三日に膝の破れの大きくなりつ




看護婦の手押車に押されゆく日射し暖き冬の野のうへ




ほほづくし鳴き立つころは妻と娘を置きて来し日の甦る




探りつつ棚に並びし所持品も整へ終りて新年迎ふ




色づきし林檎の下と告げくれて盲ひの吾れはただにわびしき




落したる歯ブラシ拾ふに手の指の切れてなければ口寄せ拾ふ




足も手も思ふさまには動かねど吾れは吾れなりに体操をする




目の見えて倖せならむと思ふのに首を吊り自らの命断ちにき




ひたすらに薬呑みつつ三十年幻のごと生きてきたりぬ


芝 精さんの略歴
大正6年大分県日田郡生まれ。昭和2年小学校の時、養父母と阿蘇の麓に住み着く。10年ほど会社員をし、召集のとき診断。27、8歳の頃失明。子供一人を妻に託し24年11月待労病院に入院、昭和24年菊池恵楓園に転園。27年カトリックの洗礼を受ける。予防法闘争、黒髪小学校問題で古里の子供を思う高まった気持ちを表現しようと昭和27年「檜の影」、49年3月「アララギ」に入会し作歌を始める。『陸の中の島』(1956年)『海雪』(昭和35年)『檜影集』昭和51年『あその麓に』(昭和59年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


2030年 農業の旅→ranking



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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