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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

長島愛生園  金沢真吾さん


日々あらた


わが意志にかかはりもなく臓動く命とは何己とは何ぞ




躓きし石とらへたる白杖に石の無念の伝はる心地す




時効となりし秘密を明かす唇に芽吹ける薔薇の刺の鋭き




癩はすでに過去の病ぞ仏典も聖書も書きかへらるる日は来ぬ




唖に生れ癩病み癌に君逝けり「
まさる」という名の身に沁むものを




書きくるる君と口述するわれと合ひし呼吸を乱すなたれも




待ち侘びて鳴けるインコに灯しやるわれに無用の部屋の灯りを




生くるとはすなはち耐ふることと知るアマリリスは一日風にもまるる




くちなしの香に杖とめて今ぞ知る疎にして洩らさぬ天の公配




燃え咲けるカンナの赤を唇に触れみる今し誰も誰も見るな




しとどなる露にたわみて萩咲けりわれの涙は癩に費えし




屈辱的癩予防法改正の声あがる癩完治する時代となりて




強制隔離に癩撲滅を謳ひたる法厳然とあり完治する今も




光恋ふる罰かもしれぬ見えぬ目の明るくて明るくて今宵狂ほし




裏庭に栗の実しきりに落つる夜を限りとはして家を出で来つ




父母の墓守るすべなくわがおもひ馳する空より雷の轟く




花は葉を葉は花しらぬ彼岸花か盲ひて後のわが顔しらず




癌の喉にて愛してゐるよと盲妻へ康行が一言千万無量




康行つづきて由貴子消えわが足元を風吹きぬくる


この時代、愛生園でも他の療園と同様、歌会等でコラボしながら切磋琢磨していた。それはまるで1950年代に東京のトキワ荘に集い、後に日本を代表する漫画家になった人たちのよう。


金沢真吾さんの略歴
大正4年兵庫県生まれ。昭和10年頃発病。23年失明。昭和25年10月31日長島愛生園入所、このとき35歳。昭和41年から短歌を始め48年「水甕」入会、56年同人。60年第一歌集『投影』出版。平成9年没。享年83。『風光』(昭和43年)『海光』(昭和55年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)『日々あらた』(平成6年)


2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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