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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

長島愛生園  千葉修さん


文字にごる視力となりて灯を消しぬ消せば冴えくる文字も論旨も




入日に向ひ独り広野を行くといふ君が詩を思ふ葬列にゐて




癩の子ら全く絶へて増築をかさね重ねし校舎残りぬ




海見ゆる小高き杜の校舎跡癩絶へし代の歴史は語らむ





われゆえに離縁され再婚し気丈になり二人の孫を守る姉かも





明石海人遺品の机いくたりの友の手を経ていまわれのもの





忍従し模索し君が凭りゐたる机ぞとおのれむちうちむかふ





無菌にて不自由度五十までというなかに選ばれ甲子園へ来つ





スタンドを埋めつくしたる四万人われほどに憧れて来しはなからむ





山を守り山に守られゐる石のそれぞれ安住の場を得たるたたずまひ





「俱会一処」名さへ哀しき厚き書よ癩の苦患を余さずつづる





棄てられし磯にところを得て群れて泡立ち草はいま花の季





麻痺の手にて時計の捩子を巻き終りたたかひし後の息太く吐く





時の流れ時の流れと言ひて酔ふ父を哀しみきわらべごころに




何の罪ぞと病みたるわれに縋り泣く母の白髪を見てゐたりけり





爪を切りつつ幾たびも鋏とり落しどうにもならぬ限界にゐる





根かぎり支へあはねば瞬の間にくづほれゆかむ中の一人ぞ



千葉修(北川・稚葉)さんの略歴
明治44年沖縄県首里市に生まれる。昭和12年4月19日発病のため教職を辞して長島愛生園に入園。愛生学園教師、長島短歌会会長などを務める。昭和16年「多摩」会員。昭和28年「形成」同人。昭和61年6月22日没。享年75。『楓陰集』(昭和12年)『青磁』(昭和26年)『小島に生きる』(昭和27年)『あらくさ』(昭和30年)『陸の中の島』(1956年)『あかつち』(昭和31年)『青芝』(昭和32年)『風光』(昭和43年)『三つの門』(昭和45年)『海光』(昭和55年)『遁れ来て』(昭和62年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)他に歌集『珊瑚礁』『守礼門』がある。


2030年 農業の旅→ranking



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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