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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

菊池恵楓園  畑野むめ さん


畑野むめ歌集


別るると最後に参る父の墓はげしき朝の雨となりたり





盲ひ果ててま探る友のさま見れば吾の望もはかなかるべし




うつしみに残る黒髪この朝をたれにたのまむ結へなくなりぬ





過ぎし日のわが日記読みて少し怒る夫に従ひて夜の道歩む





たのまるることの少き吾となり足の悪き友に帯結びもらふ





うすくなりし眼に黒眼鏡かけて行く俄に人の減りし感じに




追かけて密柑やりしがこの男の子まじまじ吾に眼をみはる




生みの母知らぬ汝ゆゑわれに来て母さんと呼ぶにうろたへにけり




不具の子はレプラになってよかったと言ひつつ目には涙が光る




病みながら生きの長きに驚きて吾を言ふらしふるさと人ら




入学を拒むPTAの声きけばみじめなり癩病む親の子は




かくまでにいとはるる子等の入学をいかにかもせむ限りなくかなし




生みの母にも義理の父あり父にまた義理の母あり来りて嘆く




三人の子らに苦しむ夫に添ひその子等に吾は憎まるるらし




たまたまは父と娘を部屋に置きわれはいでゆく語らしめむと




新しき癩刑務所はここに見ゆ我等につながる君のいのちか




あらたまの年のはじめに雪積みて雪のあかりに居るがたのしさ




指おちてゆくみじめなる悪臭が吊る三角布の中よりにほふ




水ぶくれとなるまで知らざりし足の火傷夫が嗤えば吾も笑ひぬ




両の手を水に浸してもの洗ふこのひとときを待ちし歳月




朝の窓立ちて開け放つこれだけの楽しみ今はおろそかならず




残飯を干せば雀が集り来るかかるはかなさも親しわが部屋




雨の中に夫の柩の見えずなり傘さして誰か吾を支へつ




ながく生きて怒りも湧かず追はれたる日は遠くして茶の花親し




す枯れたる草踏み分けて遂に来ぬ亡き母の墓標未だ新し




振り返り見むひまもなき古里の山川を背に病む身のさびしさ




命断ちし君を羨しと思はねば吾は堪へて待つおのづからの時



畑野むめさんの略歴
明治43年5月20日熊本県球磨川の上流の貧しい家に7人の弟妹の長女に生まれる。17歳ごろ発病。昭和6年22歳のとき九州療養所入所。昭和7年結婚。昭和11年森光丸を知り作歌を始める。昭和12年土屋文明の来園を機に13年「アララギ」入会。18年夫死亡。20年再婚。『菴羅樹』(昭和26年)『陸の中の島』(1956年)『海雪』昭和35年『畑野むめ歌集』(昭和37年)『三つの門』(昭和45年)『檜影集』(昭和51年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)


2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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