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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

多摩全生園  山岡響さん


遠き山河


肉親のつながり切れて三十年切れぬ想ひを持ちてわれ老ゆ




手探りの一日の生活綴らむとまた手探りにカセットボタン押す





治療薬プロミンによる肝肥大肝機の弱く二十年経つ





ねぢ巻くを忘れし置時計止りゐて元旦の午後うとうと眠し




ものの味衰ふ舌に蕗の薹少年の日の土の香を持つ





梅雨晴れの日差しを受けつつ思ひをり我の身の影映すなき眼を





我がための鎮魂として詠みつがむ色彩のなき盲目の歌




萎えし手にしばし探るを耐へくれよ芍薬の芽に我の呟く





春めきし日はそそぎつつ盲目の闇ひえ冷えと白梅匂ふ





目の見ゆる夢見てをりぬはてなはてな義眼の筈とあやしみにつつ





杖の先に心よせゆくわが前に鶯の声がふいに明るし





紫陽花の毬が重しと一首あるはがきも梅雨にしめりてをりぬ




腹合わぬ人差指と親ゆびに力をそそぎ釦挟みをり





生温き牛乳ひと口づつふくみ今の失意を噛む如く飲む




郷愁はいのりに似たれ春蘭の花芽の数を指頭に拾ふ





フィルムに映る二センチの癌の影盲ひの闇をへだて聞きをり




プロミンは両刃の剣ハンセン病癒えて慢性肝炎を病む





癌宣告ひとり受けたり肉親を捨てて六十年生きたる果てに





盲ひの闇がもし青ならばいかならむ薄墨の静けさ恵みと思ふ





我が肉のひづみを打ちし癌の影歌に詠めよと内よりの声





胡蝶蘭咲きつぐ花に指を置く指の触角は花と交はる





ハンセン病癒えて命の永らふる身の伽として癌の影襲ふ


山岡響(室岡虎雄)さんの略歴
大正8年新潟県上越地方の山村に生まれる。昭和8年11月第一区府県立全生病院に入院。山桜出版部、病棟付添夫として働く。昭和20年冬結婚。(28年離婚)昭和24年失明。29年キリスト教に入信。短歌は少年時代から親しんでいたが「歌人」「勁草」をへて昭和16年11月「国民文学」に入社。平成7年12月27日肝臓がんで逝去。享年76。『木がくれの実』(昭和28年)『陸の中の島』(1956年)『輪唱』(昭和34年)『三つの門』(昭和45年)『開かれた門』(昭和53年)『三冬月』(1982年)『雪椿の里』(昭和60年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)『憩の灯』(平成7年)『遠き山河』(平成8年)


2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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