FC2ブログ

あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

栗生楽泉園  浅井あいさん


白い視界


死ぬ人のありて不自由室のあくまでは夫婦別居し待てというなり




人死にて空きたる部屋に移り来ぬめしいわれら後半生すごすべく




如何にしてもこの一行を読みぬかん灯りを消して点字紙をとる




おのずから友の温みにまどろみぬ座り込みする夜半の天幕に




指先の今日の知覚に頼りつつわれらの作りし「点字高原」




ハンストをなしし人らを友にもつわれに編集は委されぬと言う





目のちからついに絶ゆるとわが夫はめしいのわれを頼りてやまず





この歌集点訳しくだされし人を思う舌にやさしく触るる点文字





帯つよく胸にしめおり盲目を卑下する思い落着きし夜





惰性にて生くると人の何を言う聞けひびき打つこの心臓音





真実の通らぬ世間を言い募り眼を病む夫を泣かしめにけり





わがうから守ると遠くらい園に旅立ちし日よ十六なりき




この指にいまだ残れる知覚ありて茶碗の冷えがにぶく伝わり来





手も足も麻痺しめしいしわれやいま無菌と言われぬ信じがたしも





われは父母と十五年しか住まぬのにそれを羨む君はらい者の子



浅井あいさんの略歴
1919年5月21日金沢の商家に生まれる。旧石川県立女子師範付属尋常高等小学校に在学していた14歳で発病。1935年草津湯之沢で点灸治療。患者が家族にいるというだけで嫁いだ姉が実家に戻されたため、自ら決断して1936年9月5日栗生楽泉園に入園。同年12月14日浅井哲也と結婚。1949年6月両眼失明。1960年短歌を「高原」に投稿。1951年「潮汐」に入会し、鹿児島寿蔵の選をうける。52年夫哲也も失明。53年点字舌読を始める。1967年1月新日本婦人の会草津シャクナゲ班結成に参加。1986年結婚50年。2005年8月3日逝去。『盲導鈴』(昭和32年)『陸の中の島』(1956年)『山霧』(昭和41年)『三つの門』(昭和45年)『白い視界』(1972年)『冬の花』(昭和53年)『五十年』(昭和62年)『凍雪』(昭和63年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)『高原短歌会合同歌集』(平成4年)歌集とエッセイ『心ひたすら』(2002晧星社)


2030年 農業の旅→ranking


このページのトップへ

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

最新記事

最新コメント

カテゴリ

カウンター

QRコード

QR

検索フォーム

月別アーカイブ