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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

長島愛生園  北田由貴子さん


死角の島


癩病めば優生手術をうけて住む夫婦舎地区に子らの声なし





弱き眼に容赦なく沁みる陽を避けてわれは日陰を撰りつつあゆむ




義肢の友はるばる山を越えてきて今日はわがために日もすがら読む





わが膝にわがこぼしたる飯粒を拾ひつつ何かつぶやく夫よ




亡き父母の遺志継ぐ姉が讃岐米背負ひて今年も面会に来し





相逢へば手をとりて泣くわが姉の荒れしその手にふるさと匂ふ





長生きをせよと言ひつつわが髪を梳づる夫に溢れくるもの





女子寮に老いて盲ひて鈴つけし靴にてあゆむ友とゆきあふ




おもかげのはるかになりし海人の歌碑をおほひぬ楓もみぢは




ひたすらに点字舌読せる友は訪ひ来しわれにいまだ気づかず





舌にのみ残る知覚に点字読む友の一途さにこゑもなく佇つ





爪もげて痛覚のなき足ながら生けるしるしと血の噴きいづる




わが視力ありて絵をかきゐしころに憧れたりしピカソ逝きたり




エンジンを響かせて漁に出る船に島の夜あけは海より来たる




紅きダリヤ活けし治療室にわが眼洗ふこの看護婦の孕る羨し





堪えて生きむ堪えて生きむになほゆらぐこころ放たむ茜の空に





先生が育てたまひし海人の歌碑に来れば我にも燃ゆるものあり





生甲斐を歌に託せよとのたまへることば率直にあたためて来ぬ





夫とわれ劬りあひてこれの世の死角の如き島に存らふ



北田由貴子(林由貴子)さんの略歴
明治42年香川県の港町に4人兄弟の末子に生まれる。祖父は寺子屋、父は塩田の仕事に従事。昭和元年発病。明石の楽生病院に入院。昭和7年病院の閉鎖に伴い5月13日長島愛生園に移る。このとき一緒に長島愛生園に移った一人に明石海人がいる。昭和11年「水甕」入社。昭和16年「水甕」準同人。昭和23年結婚。一時、絵画による新しい生き方を模索したが視力の衰えで断念。昭和45年内田守人との再会を機に「水甕」復社。昭和48年「水甕」同人。「もくせい」所属。平成5年没。享年84。『萩の島里』の林由貴子。『楓陰集』(昭和12年)『死角の島』(昭和51年)『海光』(昭和55年)『この島を』(昭和57年)『ハンセン療養所歌人全集』(昭和63年)『春を待ちつつ』(平成元年)。


2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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