ゴム靴に
おれは変形した足に
ゴム靴を履かせて
ずるこずるこ歩く
悲しそうに靴は泣く
らいの傷足に繃帯して
びっこを引いて
松葉杖にすがって
乞食のように
だがおれは
このゴム靴でないと
一歩も歩けないのだ
なお弱視のおれは
舌先でゴム靴を
舐めてさぐって履く
こんな不潔な動作は
誰にも見せたくない
社会の人はなんと
思うだろう
いやこんな愚痴は
やめよう
お前に願いがある
びっくりするなよ
おれはお前と
近いうちに郷里へ
里帰りする
ゆるしが出たよ
その時はいっしょにたのむ
お前を磨いてやる
郷里の土は温かいか
冷たいかよく踏みつけてくれ
三十年の古里の土を
印鑑
印鑑は無心に嘆く
なだめてもなだめても
寂しそうな顔をする
実家から
おれの印鑑を
借りに来るたび。
おれの印鑑が役に立つのは
土地の値上がりするたび
つぎつぎに田畑が切り売りされて
どこかへ消える
もう
永久に戻らない
美しい田畑
古里の小川
昔の夢となって
悲しみがこみあげてくる。
おれの大切な印鑑
やがて
無用になって
なんの役にも立たぬ時
もう二度と
実家からは
印鑑を借りに来ない。
療養所のおれには
縁がないだろう。
だが
おれは印鑑を
堅く握ったまま
ながく続いた
おらが農業も
ついに別れる時がくる。
あの鍬も馬も
いまは離れてしまった
田舎の素朴な生活が
むしょうになつかしい
残念でたまらない
おれはこの印鑑を
幾度も幾度も
力なく見つめるのだ。
中島栄一さんの過去記事