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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

多摩全生園  光岡良二さん




別れのあとに



五月の夕ぐれの

冷えびえした雨雲の空に

一本の緑の樹の梢がさわさわと揺れている。

短い三日の旅から帰って来て

私はそれを眺めている。

疲れて、すこし悲しく・・・

梢はまだ私のそとがわで

私の網膜で すげなく揺れているだけだ。

その緑の円錐をめぐる

見えない風の冷たさの中に私は融けこめない。


つかの間の幸福の火照りが

私の中にまだ燃えている。

だがそれは慌しくひとときに冷えてゆくだろう。

そしてこころは

もうあの知り尽した牢獄を感じはじめる。

愛するひとよ

おまえの瞳も 波だつ髪も しなやかに勁い腕も

ああ お前に属した一切が今はない

そして遠く引き裂かれた魂のsobbingだけが

風の中に顫へてくるのを感じる。

悲しみにいっぱいに満ちた世界

その何億分の一かを背負っている私たち

それだけでも こんなに重いのだ。

五月の とある夕ぐれの

雨間のいぶし銀の残光の中に

ひっそりと揺れている孤独な梢よ

お前の悲しみを聞かせてくれ。










池はまどろんでいた。

遠い江戸の頃から此処にあったのだ。

ときどき電車のひびきが

風に乗って聞えて来た。

池には氷が張りつめていた。

日なたの方の汀は、もうぼさぼさと

おたまじゃくしの卵でもありそうに

ゆるんでいたが

日陰の氷は暗い緑の水を潜めていた。

その水の色に吸われて

私たちは汀の枯草に座っていた。

冬の陽が

池と私たちの上だけに照りこぼれ

時間というものが死んでしまったようだった。

ふと、きいん きいんと小鳥の啼く声がした。

と思ったら、それは向う岸にこどもが来て

池の氷に小石を投げているのだった。

その音は まどろんでいる池のたましいへの

優しい呼びかけのように

春を呼びよせる ういういしい声のように

すこし冷たい、かわいい響きを残して消えた。


それから 私たちは

コンクリートに裸木の翳が淡く落ちている広場を横ぎって

電車通りへ出た。

なにかしんとしたような幸福を感じながら。








六月への頌歌


六月が来て 僕はニヒルから脱出する。

急に輝きを増した太陽と

あらゆる植物たちがつくり出す

さまざまのニュアンスの緑の氾濫が

僕を酔わせる。

そんな野放図に豪華な充溢の中で

僕はつきまとう亡霊を陽気な古外套のように

しばらく置き忘れる。


アカシヤ うつぎ 野薔薇 釣鐘草

六月の花はみんな白い

それはこの季節の中では最も美しい。

みどりの中の雪白の花々は

あたたかい優しい女性の胸のようだ。

熱い土を這うとかげ 蛇 ひきがえる

枝の上の蜘蛛 蜂や虻や蝶・・・

みんな六月を美しくする家族たちだ。

雲雀は子を孵して猛だけしい声を

空にひびかせる。


六月の自然は生命と生殖に溢れている。

繊弱なものは何もない。

生命の涸れたゆえに

他界へのまどはしの憧憬にのがれる

感傷的なメタフィジックは

そこにはない。

六月よ、お前はあくまで地上的だ。

やすらかに自己に充ち足りていて美しい。

それは僕自身にも感応する。

僕は自然と等量だ。僕は自分の中に裸の、ありのままの力を感じ、それに満足する。


夜々
天鵝絨びろうどのような、しっとりと重い空が

やがて来る季節を先触れする。

星々はつめたい鉱玉の光でなく

うるんで 生きものの眼のように

大きく豊麗だ。

やがて何もかもに黴を生やす鼠いろの雨空が

何日も何日もつづくだろう。

あの雨季のメランコリイもいい。

六月が湿潤な雨季をもっているのは

あまり生命と精気がいっぱいで

吹き出ものがあふれ出す若いからだのようだ。


ああ 六月よ

僕はお前が好きだ。

僕にもしも娘があったら

<JUNE>という名をつけてやるのだが・・・


光岡良二さんの略歴
1911年11月23日兵庫県に生まれる。旧制姫路高校を経て東京帝大文学部でドイツ哲学を専攻、2年修了時に発病。1933年3月、全生病院に入院。園内では文芸活動のほか、自治会、全患協(全国ハンセン氏病患者協議会)での活動、劇団「文芸座」での活動、全生学園の教師などに力を注いだ。1936年山室のぶ子(光岡芳枝)と結婚。戦後社会復帰するが1948年再入所。71歳のとき一酸化中毒で倒れ、以後11年は病棟で過ごした。1995年4月29日死去。


2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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