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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

長島愛生園  明石海人さん






昨日は二つ

今日は一つ

この頃 うたの出来るのは

先きの短い魂の

この世にのこす 歔欷すすりなき






おもいで


ふるさとの春はひねもす

れんげ田にぬるむ鳥ごえ


ふるさとのかすむれんげ田

末とほく富士の根となる


ふるさとの山の
南面みなも







新茶つむ乙女らの唄


ふるさとの乙女のどちは

若き日のわれによかりき


ふるさとの春のおもいに

わが心しきりになごむ








今日


今日もむなしく暮れてゆく

昨日もおとといもそうであった

明日もあさってもそうであろう

かくて再び太陽がのぼらない日になっても

空しくすぎさった過去をただくやんでいることであろう

思えば地上の大気を吸いはじめてから

みたされた一日でもがあったであろうか?

遠いものにおもっていた生の終末が

実はまうしろに忍びよっているのを

まんざらしらないわけではないが

明日をたのむこころはそれをふりむこうともしない

かくて「今日」もまた同じ悔をのこしつつむなしく暮れてゆくのである








癩の憂鬱


Oは授業中に突然狂い出して狂癩院に送られ、Uはダイビングで心臓麻痺を起し、Mは頸動脈を切りそこねて教師となり、Iは牢獄に肺を蝕まれて死んだ。

━━頁を繰りながらそんな事ばかり憶い出していた私は、同窓生名簿を火鉢の中に投げこんで立上った

国立療養所長島は赤松山の若葉朶に六月の太陽がさんさんと明るい。ふるさとでは今日からはじまる予防週間に、母や妻が、ひそかにおびえていることであろう。







あらしのあと


風は吹きやまないが、長い雨とあらしは過ぎ、さし覗く空が蒼い。おお蒼ぞら! おん身の肉体は希みを教える。日ごとの失意も屈辱もおん身の瞳に投げかけて明日の夢に睡る。この幾日、雲のかさなりをのみ瞶めていた神経は、はちきれる苦汁をおまえの微笑に濯いで新しい感覚によみがえる。叢をころげる蛇の抜け殻さえ何と楽しげではないか。枝の間にひろがる青空。文の聡さと母のいつくしみと恋人の歓びと童の希みとを芽ぶく光のシンホニー━━青ぞら! どんな宝石よりも香料よりも深く爽やかな青ぞら! いかに多くの争いが吐息がそこに浄められることか。人の心に醸されるあらゆる暖いもの美しいもの光あるものの故国、青ぞら。人の世のどん底に喘ぐこの身すら朝ごとに瞬くおん身の瞳に生きる歓びを汲まずにはいられない。壊れゆく肉身、氓び失せた希み、蹂みにじられた願、よるべもない魂の廃業を一瞥に吸いとって。



明石海人さんの略歴
1901年7月5日、静岡県駿東群(現・沼津市)に生まれる。静岡師範学校を卒業後、尋常高等小学校訓導として勤務。1924年結婚、二女をもうけるが、1926年に発病し退職。1927年、明石楽生病院入院。1932年、同院の閉鎖にともない、長島愛生園に入所。1933年受洗、1936年失明。1938年気管切開。1939年2月に上梓した歌集『白描』(改造社)はベストセラーとなったが、6月9日腸結核のため死去した。『海人遺稿』(1939)、『明石海人全集』(1941 ともに改造社)、『海人全集』(上・下・別巻 1993 晧星社)。


2030年 農業の旅→ranking



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp
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