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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

長島愛生園  志樹逸馬さん


わたしの存在が


わたしの存在が いかに小さくとも

すべてであってひとつであるもののために ムダでなかったとの証言を

人類の歴史に刻まれてゆく という約束を

ただ このわたしを忠実に見守ることで しめしたい

(1953・5・19)






便所の電灯が昼ともっているのをみつけたとき ハタと心に映じたこと
 


消し忘れられている灯のあわれさ


灯をつけていなければと 一心におもっているが

その灯は いま なんの役もしていない


消されてはじめて

昼の世界はこんなに明るかったと

さとることができる

(1954・3・11)






旅人


きょうかたわらにいた人とあすは十里を離れ

きのうまで山ひとつ間にしていた人と夕べにはあう


わたしはなつかしくてならない

すべての人がいつも遠くて また近いような気がする


わたしは すべての人の中にわたしの分身を感じる

よんでも その分身がこたえてくれない時は

わたし自身がわたしにとって遠いものと思われてくる


わたしの分身

それはふるさとであり 童心であり

平和であり さびしさである


わたしは未完成だから

また あなたの分身をわたしの中に感じるので

わたしは旅人として歩みを休めることができない

(1955・12) 
 







海辺の芝草をサクサク踏んで

たれにも気づかれず

朝はやく 露にぬれたなぎさに 近よる


自然が たれにも 見られているという

意識をもたない

静かなすがたでいるところを

そっと 足音をしのばせて

近よって

ながめたい ながめる


わたしは この時 とてもうれしい

美しい 

なつかしい

幸福だと思う

わたしも

この世界にふさわしいものとして

ひとつの位置のあることを 感じる

(1954・8・8)






おれは近ごろ


俺は近ごろもう死んでもいいナ とよく思う。

いざという時には死ねるんだ、人間であればだれにも死はきっとやって来るんだ、と思うと安心できた。

それでいて、死がおそろしいのだが、死をおそれなければならぬ理由さえ、考えるのに疲れた。


生きていて、あすに何があるのだろうかと思った。

もうじき夏が来て暑くなればスイカが食べられるのだ。アイスクリームはおいしいだろうな、その時おれはきっと、生きている喜びを味わうに違いない。お菓子の配給日が楽しみだ。ということばかりが、頭に浮んで来るのだ。


こんな泡沫にひとしい、くりかえされては消えてゆくことがらが第一で、どうして、あすがきのうに同じなのだと言わずにおれよう。







毎日刻々


毎日刻々

おれから何かがハガレてゆく
 
四十年汗を流してたがやし育て

この身につけたと思っていた

それらがまるで松の皮でも落すように

けずりとられてゆく

血となり肉となったと思うのはまちがいで

おれはもう何も持てないはだかなんだ

このからだのどこにひそんでいた汚れやチリなのか

消化しきっていたはずのものがことごとく

古びた廃品の役立たずになってしまっているのだ

大切にしていたもの
 
美しいと身につけていたもの

力だと思っていたもの

みなウロコをはぐように

このからだからハガレ落ちてくる

何もないと思うさびしさの中から

あとからあとから

毎日のように ハガサレル ハガレル ハガレテユク


もっとハガシテくれ

(1957・9・16)







虫のなく夜 灯の下で


朝から歩きつづけて来たのに

おまえに語ることばがない


水道の出がいいので 頭を洗い タオルをゆすいだ

カルピスをミルクでうすめて パンを食べた

売店で氷水をのみサバカン三六円を買った

タマネギを刻みカツオブシをけずってショウユをかけたら

食欲が出て二杯半も進んだ

昼寝をした フロにはいった

夕食後 トミ子さんの病室を訪ねた


それらがみな遠いところでの出来事であったように

ただ自分が行きずりの旅人であって

風のょうな存在でしかなかった と

わたしは きょう

わたしの中ですでに忘れられたものを

独白するひとでしかないのだ

(1959・9・2)


志樹逸馬さんの略歴
1917年7月11日東北地方に生まれる。福岡県小倉で旧制中学に入学、一学期のみ学び、父の死によって東京へ転居。12歳で発病し、1928年10月全生病院に入院。1933年8月、長島愛生園に転園。この頃から文芸への関心が高まり、詩作を始め、「愛生」誌に発表するようになる。1959年12月3日死去。詩集『志樹逸馬詩集』(1960 方向社)、『島の四季』(1984 編集工房ノア)


志樹逸馬さんの過去記事その1

志樹逸馬さんの過去記事その2

志樹逸馬さんの過去記事その3

志樹逸馬さんの過去記事その4 



2030年 農業の旅→ranking


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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在66才、農業歴30年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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