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あめんぼ通信(農家の夕飯)

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

菊池恵楓園  重村一ニさん


宣告の手記


━━あなたはレプラです

といわれたその一瞬

硝酸をあびせられたように思った

私の二十五年の歴史の

全リズムが

果てしもない奈落に

頭蓋骨を粉々にくだかれ

心の水銀が

無限のかなたに飛び散ったかのように思った


あの激しい戦場で

すこしもひるまなかった私が

今 恐怖と絶望のどん底で

こんなに青ざめなければならない


パーヴに 電車が走り

ネオンは輝き

人は流れている

が もう私とは遠い


妖婆は異様に叫び

私を追いたてる

あたりは

無数の癩菌が

爪をかざし

ガッガッ牙をならし

私の肉体に這っている

医務室の古棚の上にある

ぞっとするようなライの標本が

私に迫ってくる


ああ いやだ!

私一人がレプラなんて とても耐えられない

みんなレプラになれ みんな

私はどうすればいいのだ

もう私の皮膚の下では

底設導抗を穿っているのだ

明日にでも

あの戦慄的なバラのような結節が

火山のように爆発するのだ


ああ それでも私は

この肉体のなかに

自分をゆだねて

深淵のなかで呼吸しなければならないのか







山羊の歌


桜の根元に

今日もお前はたっている

長老の髭さみしく

むすばれたクサリを

じっとみている


高い青い空の下で

お前はたゆみなく廻った

枯木のような足で

退屈な円周をえがいて


太陽がかえる頃

お前は哀愁をこめてないた

その声が余りに不気味なので

仲良しになろうとした

小鳥たちを追いかえした



重村一ニさんの略歴
1922年山口県に生まれる。村役場、海軍工廠、鉄道などに勤めたのち、1943年応召、南方派遣、1945年復員、1946年菊池恵楓園に入所。自治会副会長を務めたほか、園内の青年団・婦人会機関紙「晩鐘」に詩などを発表(1947~1950年)。園内の詩誌「炎樹」には1959~1961年に発表。「菊池野」には1951年より論文を発表している。2003年2月死去。


2030年 農業の旅→ranking



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プロフィール

Author:水田 祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在67才、農業歴31年目。農業形態はセット野菜の宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ20羽。子供の頃、家は葉タバコ農家であり、脱サラ後の3年間は父が健在だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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